執筆プラットフォームにおけるマネタイズモデルの進化と、Mirrorのもたらす未来

執筆を生業にすることの難しさは、多くの人々が話題にする事実である。執筆には多大な労力や技術が必要な上に、糧となるはずの既成メディアの衰退の影響も受けざるを得ない。ところが近年、執筆のマネタイズに多くの選択肢が生まれてきている。新たに出現したそんなマネタイズモデルについて、Web2.0の立役者が生み出したMedium、コロナ禍を転換点として成功例を生み出しつつあるSubstack、そしてWeb3の思想を体現する分散型執筆プラットフォームMirror、この3つのプラットフォームを通して見ていきたい。

Mediumが生んだ執筆マネタイズムーブメント

Web1.0からWeb2.0へのパラダイムシフトは、Consumer Generated Media(CGM)と呼ばれるSNSやブログなどのサービスから始まった。そしてスマートフォンの登場がその変化を加速していく。スクリーンの上では、有益な情報から些細な日常の瑣末事まで、それこそありとあらゆる森羅万象が、テキストの形で綴られている。今日ではその変化は、わたしたちの日常の隅々にまで浸透している。

そんなWeb2.0の立役者の1人であるEvan Clark Williams(Blogger、Twitterなどの設立者)が、2012年にWeb2.0における執筆文化の転換点となるサービスを作り出した。それが「Medium」である。そもそもウェブ上で文章を書くための美しくて使いやすいプラットフォームを目指して立ち上げられたMediumだったが、ほかのサービスと異なる点があった。大多数のWeb2.0プラットフォームが採用する収益モデルである広告を廃したのである。

Mediumは広告の代わりに、会員限定の記事にアクセスできる購読による収益モデルを採用した。読者は月額5$の購読会員となることで、Mediumの全記事にアクセスできる。支払い金額は、読まれた時間に応じて配分される。多数の衆目を集めるようなコンテンツではなく、長く愛されるようなコンテンツから収益を上げるには購読形態の方が合う。広告からまとまった利益を得るには、ひとつのコンテンツに対して膨大なアクセスを必要とするからである。

風雲児Substackの登場

そんなMediumの牙城を切り崩すような形で登場したのが、2017年に立ち上げられたニュースレターの配信プラットフォーム「Substack」である。2021年に購読者が100万人を突破し、上位10に入るトップライターは1,500万ドル以上の収益をあげた。Substackは、ニュースレーターの配信だけでなく記事を同時にブログとして公開することもできる。機能としてはニュース配信できるMediamのような感じだが、Mediumとの大きな違いは、プログラム購読料が執筆者の直接の収益になる点である。またSubstackの取り分は有料ニュースレターの購読料の10%であり、Mediumよりも大きな還元率となっている。コロナウィルスの直撃も追い風となり、多くの執筆者が既存のメディア職を辞してまで独立し、Substackを活動の中心に据え始めているという。

そのような成功から、Substackはクリエイターエコノミーやパッションエコノミーの文脈において参照されるサービスとなってきている。また実際に、独立したライターやジャーナリストを支援するプロジェクトも始まっている。次世代のジャーナリストがSubstackから登場するのも、そう遠い未来ではないかもしれない。

分散型執筆プラットフォーム、Mirror

そのSubstackのWeb3版ともいえるのが、A16Zなどから1000万ドル以上の資金を調達したことでも注目を浴びている分散型執筆プラットフォーム「Mirror」だ。UIはSubstackに似ているが、ブロックチェーンの特性を活かしたマネタイズの方法がいくつも用意されている。例えば執筆者はコンテンツをNFTとして販売したり、クラウドファンディング立ち上げることができる。

また、Mirrorは分散型のストレージを使用しているにもかかわらず、基本的に無料で使用できる。執筆された記事をガス代のかからない、ブロックチェーンによく似た分散性の高いデータ構造を持つArweaveに保存しているためである。Arweaveのストレージは世界中の個人又は企業らのコンピュータを使用しているので、永久的にデータを保持することができる。もしプラットフォームがシャットダウンされても、イーサリアムのアドレスで署名された投稿をArweaveに問い合わせることで、全ての記事にアクセスできる仕組みだ。

クラウドファンディング

2021年7月に、世界に革命をもたらしたイーサリアムの開発にフォーカスした世界で初の長編映画を作るため、Mirrorで「Ethereum: The Infinite Garden」というタイトルの投稿と、クラウドファンディングが立ち上げられた。支援者にはプライベートDiscordサーバーへのアクセス、そして1ETHごとに1,000$INFINITEトークン、そしてデジタルアーティストplpleasrによるアニメーション、アンビエントミュージシャンPasPasによるサウンドをフィーチャーしたNFTが報酬として提供された。このプロジェクトは662人の支援者を獲得し、なんと1,036ETHという巨額を調達する。この成功例は、イーサリアムが切り開いたWeb3の成功の恩恵を体現する象徴的な出来事となった。

パトロネージ+所有権モデル

Mirrorの優れた点は、執筆ツールにクラウドファンドの機能を結びつけたことにある。単なる執筆プラットフォームであるだけでなく、資金調達のツールでもあるのだ。支援者への報酬もブロックチェーンの特性を活かして、NFTを報酬として発行したり、ERC20トークンを送ることができる。支援者が報酬としてもらえるNFTやトークンは、プロジェクトを支援していることの証明でもあり、Discordへの入場鍵にもなる。このようなトークンを介した支援の方法を、Mirrorの開発者Patrick Riveraは「パトロネージ+所有権モデル」と呼んでいる。クラウドファンディングに所有権を導入すると、支援が単なる支援以上のものとなる。つまり、応援するプロジェクトから利益を獲得する可能性が生み出されるのである。

収益の分割

最後にMirrorのスプリットという機能にも触れておきたい。簡単に言えば、売上を分割できる機能である。スプリットは、共同執筆者やコラボレイター、引用先の執筆者まで、資金フローの設計を可能にする。あらかじめ設定したパーセンテージに応じてNFT購入による収益が分割され、トリクルダウンのように降り注いでいく。かつてHTMLはハイパーリンクの革命であったが、そのリンクは利益を生み出さなかった。引用は知への貢献であり、無償で行われるべきである。そんなアカデミズムをベースとする文化がインターネットには根付いている。それ自体はとても良いことだが、もしそのリンクによってサイトが大きな収入を得ていたら、利益をリンク先へ分配するべきではないだろうか。そんな不条理な図式は、今のウェブを眺めれば日常の風景に過ぎない。しかしスプリットは、そんな分配を可能にする。利益を占有するのではなく貢献者に利益を分配できるのである。新しいお金の流れがもたらす、新しい引用文化の誕生を予感させる機能である。

まとめ

現在のWeb3への期待は、Web2.0のプラットフォームのクリエイターへの配分が少な過ぎることからきているように思う。Mirrorだけでなく、Web3のサービスへの過剰なまでの期待は、そんな歪みのせいである。例えば時価総額3兆ドルを超えるAppleの利益を世界中の人々に分配したらどうなるだろう?そんなイマジネーションの先にあるのは、プラットフォームに依存しないで人々が生活を営む世界である。それが、コンテンツの所有による直接経済を作り出すWeb3が描くヴィジョンなのである。そしてそのヴィジョンは、途方もなく魅力的に思えるのだ。

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