こんにちは。前回の記事でMEVという新たな概念について触れ、基本的な理解を深めていただいたと思います。しかし、このブロックチェーンの世界はまだまだ奥深く、MEVの真価を理解するためには更に掘り下げる必要があります。それでは、さらなる深みへと一緒に進みましょう。
今回の記事では、MEVの中でも特に重要なテーマである「公正な順番付け」について掘り下げます。さらに、Flashbotsというプロジェクトが始めた革新的なオークションシステムMEV-Boostについても説明します。この2つの要素は、MEVとブロックチェーンの未来を理解するための鍵となります。
MEVは当初Miner Extractable Valueと呼ばれ、マイナー(ブロックプロデューサ)によって抽出されるものでした。現在のイーサリアムでトランザクションがブロックに刻まれるまでの詳細な流れを見てみましょう。
そして将来的に以下のように複雑化されることが予想されています。
このトランザクションサプライネットワークの誰もがトランザクションを並べ替えることに関与できます。つまりMEV抽出可能な立場にあります。
一部のプレイヤーによってMEVが独占される状態をMEVディストピアと呼びます。
MEVディストピアはどのように生まれて何をもたらすのでしょうか。MEVディストピアはMEVサプライチェーンの垂直統合の結果として生まれると考えられています。MEVはmempoolなどの公開情報を元に抽出します。ここで一部プレイヤーが情報の独占をすると、他のプレイヤーはMEV抽出できなくなり参入障壁となり、さらなる独占が進みます。MEVディストピアではMEV抽出に参加できないプレイヤーは金銭的に退場を余儀なくされ、ブロックは中央集権的に生成されることから検閲のリスクが高まります。MEVディストピアの反対の概念としてMEVユートピアがあります。ここでは開かれた市場で誰もが公平に自由にMEVの抽出を競い、結果として広く薄くMEV利益が分配される状態のことです。
ここまで読んで以下の考えが浮かぶかもしれません。「公正な順番に取引が並んだブロックを作ることを強制すればMEVは無くなる」では、「公正な順番」とは何でしょうか?
最もシンプルなアイディアはFCFS(First Come First Serve)方式です。
取引がネットワークに送信された順番に、それらがブロックに追加されます。これは公正な順番でしょうか?
ブロックチェーンのようなP2P(Peer-to-Peer)ネットワークでは、通信速度が異なると取引注文の到達時間に影響を及ぼします。P2Pネットワークは、個々のノード(参加者)が直接通信する形態のネットワークです。
そのため、ノードの地理的位置や通信速度などがネットワーク全体のパフォーマンスに影響を及ぼします。特にブロックチェーンのような分散型ネットワークでは、取引が提出されてから全てのノードに伝播するまでに時間がかかることがあります。したがって、通信速度が遅いノードは新しい取引を遅れて受け取る可能性があります、その結果、取引の到達時間が異なることがあります。注文到達時間に揺らぎがある場合、大量のスパムのような注文を投げることが最速で注文を実行する有効な戦術となり、ネットワークに過負荷をかけます。
また、バリデーターと物理的距離が近い場所でbotを稼働させることが有効な戦術となります。バリデーターとbotを同じデータセンターに設置するコロケーションが極めて有利となり、地理的分散を妨げます。
最も高い金額を払った人がTx順を決められるMEVオークションであれば無駄なスパムを避けることができ、世界中どこからでもMEVの競争に参加できます。オークション方式のほうが「公正な順番付け」ができると考える人(orプロジェクト)が増えています。
参考:
MEV抽出は日を追うごとに複雑化、高度化していて最大(に近い)MEV利益を得られるブロックを作るのは専門家でなければ難しくなっています。利益が出なければ止めてしまうので少数のブロックプロデューサーしか残りません。バリデーター自身がMEV抽出をしてある場合、高度な技術と高いマシンスペックを持つバリデーターのみがMEVの利益を受け取ることができるようになります。つまり少数の強いバリデーターだけが生き残り、弱いバリデーターは利益が出ないことから撤退してしまいます。結果としてバリデーターの数が減少して中央集権化が進みます。PBSはブロックプロデューサーをMEV抽出完了したブロックを作るブロックビルダーとブロックをチェーンに書き込むプロポーザーに分離します。従来ブロック作成から書き込みまで全て担当していたバリデーターはブロック作成をアウトソーシングしてプロポーザーに変わるということです。プロポーザーはビルダーからMEV利益の一部(現状では大部分)を受け取ることができます。これによってバリデーター(プロポーザー)は自分でMEV抽出しなくてもMEV利益を受け取ることができるようになり、高度な知識や高いマシンスペックを必要とせず収益を上げられるようになります。パリデーター参加障壁が下がり多くの人がバリデーターになれば分散化が進むと言えます。
参考:
イーサリアムはPBSの実装を目指していますが、大規模なプロトコル変更が伴い慎重に進める必要があることから現時点では実装されていません。一方でMEVがもたらす悪影響(一般に「負の外部性」と呼ばれる)は非常に深刻なものとなってきています。そのため研究機関FlashbotsがMEV-Boostを開発しました。これはイーサリアムのプロトコルの外側でPBSを実装するもので、現時点で非常にうまく機能していると言われています。MEV-Boostではサーチャー、ビルダー、リレー、プロポーザーといったプレイヤーが定義されます。
サーチャーはtxをまとめて束を作り、その中でMEVを抽出する人を指します。近年の極めて高度化しており一握りのアドレスしか利益が出ていないことが知られています。代表的なサーチャーとして以下のようなものがあります。
サーチャーとビルダーは同一のエンティティである場合もあります。
ビルダーは公開されたmempoolからTxを集めてブロックを組み立てるだけでなく、独自のRPCを提供しフロントランニングからの保護されたプライベートmempoolを持っている場合があります。サンドイッチ攻撃による不利なレートでのスワップや他人にMEV戦略を盗まれることを嫌うサーチャーが利用します。代表的なビルダーとして以下のようなものがあります。
rsync-build.x
beaverbuild.org
Flashbots
builder0x69
Titan Builder
MEV-Boostは巧妙なオークションの仕組みによって信頼関係を生み出しています。
通常のイーサリアムは公開されたmempoolでトランザクション単位でガス代のオークションを行いバリデーターがブロックを組み立て、チェーンに刻まれます。
MEV-Boostでは中身の封印された組み上げられたブロックをオークションし、高額を提示したブロックがプロポーザーによってチェーンに刻まれます。
ブロックを封印する理由はプロポーザーが「MEVを盗む」つまり、アービトラージなどを行った利益の送金先アドレスをプロポーザーのものに書き換えるといった行為を防ぐためです。
しかし、ブロックが封印された状態では、そのブロックがイーサリアムの有効な状態遷移ルールに基づくものか分かりません。無効なブロックをチェーンに刻もうとするとプロポーザーはスラッシングされてETHを失ってしまいます。
そのため仲介者としてリレーが存在します
リレーはビルダーから完全なブロックを受け取るとそれがルールに基づいた正しいものか確認します。確認が完了するとプロポーザーに対してブロックの先頭部分(ヘッダー)のみを送信してオークションに参加します。オークションに勝利した場合はブロック全体を公開し、ブロックに正しく刻まれたことを確認して料金を支払います。
ビルダーはリレーに対しては完全なブロックの公開をすることから信用が求められます。また、他のリレーとのレイテンシや手数料の過酷な競争となることからリレーの参加者は少なく、頻繁に議論の的となります。
代表的なリレーとして以下があります。
Ultra Soud
Flashbots
Agnostic Gnosis
bloXroute
Blocknative
プロポーザーはバリデーターが担当します。Geth(イーサリアムの実行クライアント)の代わりにGethをフォークしたMEV-Boostというソフトウェアを実行するだけで従来のブロック報酬に加えてMEV収益を得ることができるため非常に多くのバリデーターがMEV-Boostを実行しています。
Flashbotsが開発したMEV-Boostが導入されたことによってMEV抽出の競争が激化したという意見もある一方で、MEVの民主化を進めスパムトラザクションの軽減、バリデーターの分散化を進めたことを評価する声も多くあります。他のチェーンでもMEV-Boostを模倣する動きも多くあります。しかし、MEV-Boostの欠点も存在し、それらを克服した新しいMEV整備の技術について議論が進んでいます。第3部ではMEV-Boostの課題と未来のMEV技術について解説します。
(※本文は情報提供を目的としており、投資助言ではありません。)