先月6月からマンスリーでニュースレターを公開していますが、今まで全2回を公開していく中で、前提知識の補足説明があるとより分かりやすいなと感じました。ですが、ニュースレター内で補足説明をするには分量が重くなってしまうなとも思いました。なので、アクセスしやすいようにニュースレターとは分けて説明できる機会を設けることにしました!
定期的に特定のトピックに絞った解説記事を公開していこうと思っているので、ぜひ辞書的に活用してみてください。
先月のニュースレターのコラムでGitcoinについて扱ったり、今月のGreenPill Japanのニュースレターでもclr.fundやGrants Stack/Allo Protocolを扱ったりしましたし、今月に関してはGivethやLens ProtocolでQuadratic Fundingのラウンドを開始を発表したりと(来月のニュースレターで扱うかも)、Quadratic Fundingにまつわるトピックについて扱うことが多いので、今回はQuadratic Fundingとは何かについて噛み砕けるだけ噛み砕いて解説したいなと思います!
この記事のレビューにご協力いただいた赤澤直樹さん、Hiromiさん、Shuさん、marmeloさんに心から感謝いたします。
Quadratic Funding(以下、QF)は、「プロジェクトが受け取る資金は寄付された金額の平方根の総和の二乗に比例する」という資金提供のメカニズムです。QFの仕組みは、コミュニティ・メンバーから(大小を問わず)寄付を募ることで、利用可能なリソースを増幅させるクラウドファンディングであり、ユーザーがQFを採用しているプラットフォームを利用する際は(複数の)プロジェクトに対して寄付をし、プロジェクト側は直接寄付された資金に加えて、先述のメカニズムに従った追加資金がマッチングプールという資金プールから割り当てられます。この仕組みは、あるプロジェクトに対して寄付された金額の量よりもどのくらいの人々に支持をされているのかに重きを置いており、人々の関心がより大きいものに対してより大きな影響をもたらすため、より多くの資金が提供されるというよりボトムアップで民主的な資金提供の手段になっていると言えます。この説明だけでは直感的にイメージしにくいかと思いますので、以下でこのQFの仕組みを数式や図を用いて噛み砕いていきたいと思います。もちろん、数式に抵抗感がある方でも抵抗がないように補足説明をするように心掛けます。数式や図を用いたQFの仕組みの説明をする前に、QFの背景についても触れましょう。
QFは、Microsoft ResearchのGlen Wyle氏、Ethereum共同創業者Vitalik Buterin氏、Harvard大学Zoe Hitzig氏らによって2018年に公開された論文で提唱された公共財への資金提供の新たな方法です。Glen氏は、『ラディカル・マーケット 脱・私有財産の世紀: 公正な社会への資本主義と民主主義改革』の著者であり、部分的共同所有権や「共同所有自己申告税(COST)」などを提唱していることでも知られおり、最近ではPlurality(多元性)についてのムーブメントの中心にいる人物でもあります。また、Glen氏が中心となって、Vitalik氏や台湾のIT大臣オードリー・タン氏らと共に次世代の政治経済学を目指す運動であるRadicalxChange(RxC)を推進するために、2018年にRadicalxChange Foundationを設立しました。RxCでは、次世代の政治経済学についての議論や調査を行っており、彼らの研究テーマの一つにQFがあります。
QFを用いた最も著名で最も規模の大きい実装例として、Gitcoinが挙げられます。Gitcoinはコミュニティが自らにとって重要なものを構築したり、それに資金提供したりすることを可能にするためのツールを開発しているプロジェクトであり、2017年にKevin Owocki氏とScott Moore氏らによって立ち上げられました。Gitcoinの中心的なプロジェクトの1つがGitcoin Grants Programであり、このプログラムはオープンソースソフトウェアを始めとした様々なプロトコルやコミュニティに対して、資金を提供するというプログラムになります。2019年2月に初めてのGrantラウンドが開始されて、現在に至るまでおよそ20回のラウンドが実施されました。これらのラウンドを通して、合計5000万ドル以上の資金がプロジェクトに提供された実績があります。このGrants ProgramにQFが用いられているのです。
それではここから本題として、QFの仕組みについて深掘りしていきたいと思います。まず、「QFとはプロジェクトが受け取る資金は寄付された金額の平方根の総和の二乗」という言葉を数式で表します。寄付した金額をcとすると、
となります。Σ(シグマ)はΣは足し算を意味しており、Σの中身の数を全て足し合わせるという意味です。また、Xの平方根とは「二乗するとある数Xになる数」を指しています。例えば、4の平方根は2、9の平方根は3であり、2の場合は2の平方根を整数で表すことができないのでその際は√2のように√(ルート)を使って表します。つまり、√4 = 2, √9 =3とも言えます。今回のケースでは、(√X)^2 = Xになるという認識だけ持っていれば良いでしょう。プロジェクトに割り当てられる金額はこの数式(Σ√c)^2 を元に算出されます。
では、実際にQFを用いるとどのように資金が提供されるのか例を用いて説明をします。以下のような状況を考えてみましょう。
これはGItcoinのQFについて説明をしているサイトを利用してシミュレーションをしている様子です。#1、#2、#3、#4の4つのプロジェクトがあり、プロジェクト#1には10人が1ドルずつ合計10ドルが寄付され、#2には1人が10ドルが寄付され、#3には2人が5ドルずつ合計10ドルが寄付され、#4には5人1ドルずつ合計5ドルが寄付されるとします。また、マッチングプールに入っている資金は1000ドルと仮定します。この場合、#1から#4の平方根の合計Σ√c は、
であり、平方根の合計の二乗は
となります。ここで、寄付された金額の平方根の二乗に比例して割り当てられるマッチングプールからの資金Mはそれぞれ
となります。これらがQFのメカニズムによって各プロジェクトに追加で割り当てられる資金になります。ここで、#1、#2、#3は直接寄付された金額はどれも10ドルですが、#1は10人から寄付され、#2は1人から寄付され、#3は2人から寄付がされています。このことから同じ金額が寄付されたとしても、より多くの人から寄付をされているプロジェクトの方が結果的により多くの資金が割り当てられることになっています。つまり、一人一人が寄付できる金額が小さくとも、より多くの人々からの支持があれば、より多くの資金が割り当てられるという民主的な方法ということが確認できました。
そして、最終的に各プロジェクトに割り当てられる資金の合計Totalはそれぞれ
となります。これがQFの仕組みを用いた資金供給になります。
ここで、そもそもマッチングプールの資金はどこから賄っているのかという疑問が生じます。Gitcoinの場合はグラントやスポンサーシップなどによってマッチング資金が確保されています。しかし、これらの方法は持続的な方法ではないためマッチングプールを持続的に確保する必要があり、これはマッチングプールの枯渇という課題に直面します。マッチングプールに潤沢な資金を持続的に確保する手段として、NFTを販売しその売り上げをマッチングプールに割り当てるMoonshots Collectiveがあったり、今年に入ってからはEthereumのLiquid Staking TokenのインデックストークンであるgtcETHや暗号資産取引所Coinbaseによる「Stand with Crypto」運動のためのNFTプロジェクトなどが生まれたりと様々なアプローチが実験的に運用され、課題解決に取り組んでいます。
QFについては以上になりますが、そもそもなぜ「二次(Quadratic)」なのかについて考えていきたいと思います。QFのアイデアは、Quadratic Voting(以下、QV)が基になっているとされています。QVとは、集団的決定における人々の選好の強さを反映するように設計された投票方法であり、投票に対して投票数の二乗のコストが課されるというものです。
つまり、ある事象に対して抱いている関心の大きさと実際に持つことができる(相対的な)影響力との関係を適切なものにするように設計された仕組みになります。より簡潔に説明をすると、ある問題に対して関心が大きければ、より大きな影響力を持つことができ、ある問題に対して関心が低ければ、大きな影響力を持つことができず、影響力が小さいというものです。QVはこの仕組みの下、多数決の専制や派閥支配の問題を大幅に緩和することを目指しています。これは一見すると元々達成することができているように思えますが、実際のところはどうでしょうか。一般的な1人1票の投票の仕組みとDAO(Decentralized Autonomous Organization:自律分散型組織)でしばしば用いられている1コイン1投票と比較してみます。
1人1票の場合では、強い選好と弱い選好の区別がつかないため、少数の人々が強い関心を持っており、その他多数が弱い関心を持っているという状況を反映することができません。影響力は等しく与えられていますが、どれだけ強い関心を持っていたとしても1票以上の影響力を持つことができません。逆に、弱い関心を持っている場合は相対的に大きな影響力を持つことができます。一方で、1コイン1票の場合では、影響力を購入することができるという見方ができるため、最も強い関心を持っている人々や最も裕福な人々が強力な影響力を持つことができます。ゆえに、弱い関心を持っている場合はほとんど影響力を持とうとしない、つまり影響力を購入しようとせず、強い関心を持った場合はより強力な影響力を誇示するために非常に強力な影響力を買うことができます。
コイン関心の強さと持つことができる影響力の関係が比例しているのが適切な関係と言えますが、これらは比例関係になっていません。では、比例になる場合はどのような状況でしょうか。
この図のようになるときが関心の強さと影響力が比例の関係になっています。この場合においては、影響力nを得るためにnのコストがかかりますが、実際に影響nを得るためにはそれ以下の影響力を得るために費やしたコストの累積を支払う必要があると考えられます。これを書き下すと、影響力1を得るために1のコストがかかり、影響力2を得るために2のコストがかかるとき、影響力nを得るために費やした合計のコストを計算すると、
となります。nが非常に大きい数であると仮定すると、n^2 は nと比較すると非常に大きな数になり、実質的に n は無視できるほど小さい値と見なすことができるので、
と表すことができます。これは、影響力nを得るために費やした合計のコストは n^2 になるため、物事への関心の度合いと持つことができる影響力が比例の関係になる場合は、Quadratic Voting(二次投票)と呼ばれる所以になるでしょう。
より厳密に数式を用いて導くこともできますが、ここで簡単に触れます。期待効用とコストの差 2pvu - C(v) が最大となる状況を考えることでコストC(v)を求めることができます(票数: v、価値: u、marginal pivotality: p)。2pvu - C(v)が最大をとる場合は、これをvで微分をした時の値が0になるため、2pu-C’(v)=0となります。このときv=puとなるので、C(v)の導関数が一次線形となる時であるため、C(v)は二次関数であると考えることができます。ここでは、より詳細については、こちらの論文から参照できます。
次に、このQVの仕組みがどのようにQFに応用されたのかについて例えを用いて述べていきたいと思います。QFについて見方を変えると、QFは特殊な形のQVとみなすことができます。イメージがしやすいように以下のような状況を考えてみましょう。「マッチングプールの資金をあるプロジェクトXへ提供すべきか否か」という提案を想定し、この提案に賛成票を投じるプロジェクトXへの資金提供者(寄付者)と「反対票」を投じる仮想の参加者であるマッチングプールが存在しているとするとします。ここでマッチングプールが反対票を投じると仮定しているのは、マッチングプールは自らのマッチングプールが機能し続けたいというインセンティブを想定していると考えます。そして、この状況を数式を用いて表現してみます。QVにおいては、投票をする際に投票数の二乗のコストが課せられるので、支払ったコストの平方根の投票力を得ることができると言い換えることができます。つまり、QVの観点に立って考えてみると、各寄付者はC_iのコストを費やした場合(寄付した場合)、投票力としてはCの平方根の√Cを得ることになります。そうすると、寄付者全員が寄付をした際の合計の賛成票数は
となります。ここで、マッチングプールが機能し続けるためには、仮想の参加者であるマッチングプールはΣ√C_i の反対票を投じる必要があります。前述の賛成票については費やしたコストから得られる投票力を求めましたが、反対票については必要な投票力から費やされるコストについて考えてみます。反対票としてマッチングプールからの合計の賛成票を投じることになるので、費やされるコスト(配分される資金)は
となります。これは先述でQFの説明をした際の式と同じであることが確認でき、ここで得た費やされるコストをマッチングプールからプロジェクトXへの資金の移動と見なすことができるので、QFの仕組みと同様になります。寄付した資金を投票の際に費やされるコストに見立てることで、マッチングプールからどのくらいの資金をプロジェクトに配分するのかが決定されている点がQVから着想を得た所以となるでしょう。QFにおいては寄付をするという行為が投票行動も兼ねれいるため、その投票の仕組みにQVのメカニズムが用いられていると考えるのが分かりやすいかもしれません。
QFが抱える課題の1つとして「シビル攻撃」があります。シビル攻撃とは、一個人が複数のアカウントを作ることにより、より多くの影響力を得ようとすることです。QFにおいては、寄付者の数が多ければ多いほどより多くの資金が提供されるため、シビル攻撃はより有効に働きます。この攻撃を防ぐために、1人1IDを持つことによって、解決を図ろうというものが常套手段でしょう。実際に、Bright IDやProof of Humanityといったツールは1人1IDを実現しようとしており、これらのツールはシビル攻撃を防ぐことが期待できます。
QFプラットフォームとして最も著名なGitcoinにおいてはQFのラウンドに参加する際に、Gitcoin Passportという一種のIDが必要になります。これは、既存のWeb2サービスやオンチェーン情報や他に所有しているIDなどといった情報を集約させることでパスポートが作られることでユニークなIDを所有していることを示します。パスポートに情報が集約されるとレピュテーションスコアが算出されそのスコアが既定の値を超えた場合のみGitcoinのQFラウンドに参加できるため、シビル攻撃耐性のあるQFを目指しています。また、このGitcoin Passportに集約される情報には前述の1人1IDを目指すBright IDやProof of Humanityも含まれます。今月13日にGitcoin PassportがHypercertsやPhiなどのツールを統合することを発表し、今後も集約されるプロジェクトが増えていくでしょう。
QFが抱えるもう1つの課題として「共謀」があります。共謀とはあるユーザーが他のユーザーと調整や協力をして投票を行い、より多くの資金を特定のプロジェクトに配分されるようにします。共謀はシビル攻撃と異なり、実際のユーザー間での調整による攻撃であり、共謀を行うには賄賂か脅迫によって実施されることがあります。賄賂による共謀がなされる場合は、投票の売買を介して実施されます。この場合、QFは1コイン1投票の原理に至ってしまいます。この共謀のリスクを減らすための方法として、同一のグラントへの寄付者が調整されていると判断された場合にマッチング資金を減らす仕組みであるPairwise Fundingや不正行為を依頼されたユーザーがその不正行為を報告する仕組みであるコミュニティフラグが用いられますが、この共謀による投票操作を防ぐためにも投票が匿名かつ非公開で行われ、さらに自分が何に投票したかを他の誰にも証明できないような投票を必要としています。このような無記名投票はオフラインの世界ではうまく機能していますが、ブロックチェーン上では困難です。しかし、ここで技術的にこの問題を解決するMACI(Minimum Anti-Collusion Infrastructure)という仕組みが考案されました。MACIはEthereum FoundationのPrivacy & Scaling Explorationsというチームによって開発された公開投票を非公開投票へと変換するスマートコントラクトと補助的なスクリプトのセットです。MACIは投票への参加と正しい投票の集計は誰でも検証できますが、特定の投票情報は公開されないため投票操作が困難になります。すなわち、MACIを用いることによってQFにおける共謀が困難になるでしょう。このMACIを用いたQFはclr.fundで実際に用いられています。
QFはボトムアップな手法でより多くの人々が望んでいるプロジェクトにより多くの資金を提供することができる仕組みであるため、公共財へ資金提供の方法として期待されています。しかし、QFの仕組みは数学的な側面と社会的な側面を加味する必要があり、直感的に理解することが難しいと感じます。自分自身も実際に配分される資金が寄付者の数によってどのくらい差が生じるのかは実際に計算をして理解することができました。
色々長々と説明をしましたが、QFを用いることで持っているお金の量によって影響力が決まるのではなく、より多くの人から支持されることがより多くの影響を及ぼすので、たとえ自分がほんの少しの金額しか資金を投じることができないとしても全体を見た場合に影響力の源になっているということを心に留めておいていただけると良いかと思います。
※本文中におけるQuadratic Fundingの表記について
Quadratic Fundingは日本語では「二次資金調達」「平方資金調達」などと訳されることがありますが、英語表記のまま表記したり、カタカナで「クアドラティックファンディング」「クアドラティック・ファンディング」と表記されることもあります。しかし、日本語圏や英語圏、その他の外国語圏も含めて、Quadratic Fundingを「QF」と略するのが通例になっていますので、この投稿においても「QF」と表記しています。Quadratic Votingに関しても同様に、QVと表記することにします。
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