先に言っておくと、この記事は比較的長い。というのも、この記事はその大半をWorldcoinというプロジェクトの情報に関して書くことに費やしたからだ。
しかし、この記事の本題はそれではない。
ので、めんどくさくなったら飛ばしてまとめのセクションから読んでもらって構わない。本題はそのあとに書いている。
Worldcoinの詳細な解説は避けられないものだった。が、面倒になったら飛ばして、気になったら見直すくらいの軽い心意気でこの記事を読んでもらいたい。
ChatGPTを切欠として、その開発元であるOpenAI社のCEOであるSamuel Altmanが改めて注目されている。過去にはかのY CombinatorのCEOも行っていた、明らかに”常軌を逸している”側の人物である。
して、Cryptoの文脈でも彼は有名人である。
それは疑いようもなく、Worldcoinというプロジェクトの存在が理由だろう。
Sam Altman氏はWorldcoinの(厳密に言えばその主開発会社であるTools for Humanity社の)Co-founderである。
ちょうど最近、というかおそらく(ChatGPTでOpenAIが脚光を浴びたタイミングを見計らって)、Worldcoinが100億ドルの資金調達を行ったことも、彼が一躍時の人になった原因に一役買っている。
加えてWorldcoinはETH Global Tokyoでもブースを出していた。見覚えがあるプレイヤーも多かっただろう。
さて、このWorldcoinについて、巷で出回っている程度の粒度の解説を行うと、
「虹彩認証を使用して人の唯一性を認証し、トークンをエアドロップするプロジェクト」
である。
さて。皆はこのWorldcoinの印象に対して、どのようなことを思っているのだろうか?
虹彩認証かっこいい?
エアドロ欲しい?
いやいや、クリプトネイティブであればあるほど、こう思うだろう。
「虹彩データの提供?とんでもない!ありえない!」
これについて、このような意見が上がっている。
リバタリアン的思想に基づく、至極まっとうな評価である。
虹彩はヒト1人に対し最大でも2つしか存在しない。
そして当然置き換えはできない。(現状の3Dバイオプリンティング技術では無理)
シードフレーズや電話番号、住所等の個人情報よりもよほど唯一性が高く、究極の個人情報であるのは理解に易いだろう。
そのような超重要データを他人に直接渡すのは憚られる。そういった文脈でWorldcoinに対し否定的なスピーチを行う人もいる。
ちょうど日本で頻繁にWorldcoin関連イベントが行われている際に、「虹彩を捧げよ!」というmemeが流行っていたが、この「捧げる」という言い方もこの印象を助長しているのでは、と筆者は考えている。
また、次のような文脈でWorldcoinが矢面に立たされるケースも散見される。
「Worldcoinはアフリカなどの発展途上国で多く展開され、そこに住む人々の虹彩情報を集めている」
「インセンティブが発生する紹介制度のスキームが存在する」
下記のラジオの13:30ごろからワールドコインに関する話題が続き、上記の点に関する情報共有が行われている。
確かにこれが本当であれば、いわゆるマルチ商法のようなスキームで、しかも発展途上国という比較的情報弱者の多い場所でこれを展開するという、かなり極悪なことをワールドコインは行っていることになる。
少しまとめよう。
Worldcoinに対し、猜疑心を抱いたり、これを危険視する人が少なからずいる。
それは以下の理由にまとめられる。
虹彩データという究極の個人情報を提供しなければいけない
紹介制スキームを持ち、発展途上国等の情報弱者に対して多く展開されている
といった感じだろうか。
さて、これらの指摘は的を射ている指摘なのだろうか?
そしてWorldcoinは本当は何をしようとしているのか?
これを紐解くことが本記事の主目的である。
Worldcoinは虹彩の生データは保管していない。
生データをもとに生成された数値である”irisコード”を本部サーバーに保管している。
希望すればOrb内に虹彩の生データを残せるが、デフォルトではirisコードの生成が終了したら生データは破壊される。
WorldcoinにはOperatorというポジションがあり、そのポジションのインセンティブ設計は紹介制スキームのそれと似ているが、厳格なオンボーディングが為されておりネットワーキングビジネスでは全くない。
Worldcoinの目標ゆえに途上国での展開も当然多くある。が、情報弱者だから相手にしているわけではないし、それ以外の国でも大きく展開している。
よく知らないものについて知ったかぶりをしてはいけない。
さて、まずはWorldcoinについて理解しようじゃないか。
あるプロジェクトを理解するためには、最初に何を知るべきか?それは「プロジェクトの最終目標」を知ることだろう。
Worldcoinはどのような目標のために作られたプロジェクトなのだろうか?
結論から述べる。
Worldcoinは、ユニバーサルベーシックインカム(UBI)を実現しようとしているプロジェクトである。
WIREDによる記事には、以下のような記述がある。
According to Worldcoin’s promotional material, the company was born out of a belief that cryptocurrency technology, if adopted at a global level, “would open social and economic doors for billions of people”—and that’s where the UBI, or universal basic income, comes in.
Worldcoinのプロモーション資料には、同社が誕生した背景が説明されている。資料によると、仮想通貨技術が世界的なレヴェルで採用されると「数十億人に社会的・経済的なチャンスが生まれる」ことから、UBIが重要な役割を果たすことになる──という信念に基づいているという。
“You Can Get This Free Crypto—If the ‘Orb’ Scans Your Eye”, WIRED"より
また翻訳版”仮想通貨「Worldcoin」は、ベーシックインカムを実現できるか”WIRED.JPより同部分を抜粋
また、Worldcoinは公式ツイッターアカウントにてこのようなツイートをしている。
AGI(Artificial General Intelligence,汎用人工知能)が軌道に乗れば、あらゆるモノやサービスのコストが下がる。しかし、限りない豊かさには限りない不平等がつきものであり、深い不平等な社会は長く続かない。解決策は、普遍的なベーシックインカムとそれを分配するための金融配線である。
とあり、仮想通貨文脈とAGI普及後の文脈で違いはあるが、Worldcoinが目指す先はUBIであるということは確定的だろう。
よく公式ブログでは、”グローバル経済への普遍的なアクセス”と言い換えられている。
Sam Altman本人がUBIにたどり着いた思考については、これもとても興味深いものだが、これはこれで一記事できてしまうテーマなので今回は割愛する。
気になる方はSam Altman本人による記事Moore's Law for Everythingや、Y Combinator時代に執筆されたMoving Forward on Basic Incomeを参照して頂きたい。
前者の記事の内容を簡単にまとめると上記のツイートの内容になる。そこに至るまでの詳細な思考ルートが確認できる良い記事だと筆者は考えている。
これは余談だが、筆者はベーシックインカムというものに対して大きく賛同する立場を持っている。 ベーシックインカムに対して筆者の視点から概要を説明すると、
ベーシックインカムは、一定量のお金を、すべての人間に対して配るというものであり、生活保護の全人類版と考えていただければわかりやすいだろう。生活保護との大きな違いは、
生活保護は**「救済のためのお金」であることに対し
ベーシックインカムは「成長したい人が成長を淀みなく行うためのお金」**
であることだ。
何かを成したい、人のために何かを作りたい、自らを成長させたいと思う人はたくさんいて、それが実際に社会あるいは人間を大きく成長させうるアイデアである可能性も常に存在する。
しかし多くの人間は、初期投資できるお金がそもそもない場合も多くあるものだ。
これを解決するのがベーシックインカムであり、これは「成長のためのお金」なのである。
断じて働かなくてもよくなる世界が欲しいわけではない。
しかし、どちらの選択肢も取れる、というのも重要だと考えている。
のんびり生きることもできれば、成長のための自己投資もできる。
どっちにしろ、あったほうが幸せそうだ。 というのがUBI実現後の社会構想であると筆者は考えている。
個人的な経験として、私が自らの今後について考えていた時、行き着いた結論は「海外への移住」だったのだが、筆者の持ちうる経済状況で、不確定要素が多く持続性の見積もりもつかない海外移住を実行するのはあまりにも危険だという理由でこれを断念している。
そのときふと、ベーシックインカムがあれば、こうはならないのか。と気づいた、という背景がある。
閑話休題。ワールドコインがUBIを実現したいのはわかったので、次はこれをどのような手法で成し遂げるかについて調べてみよう。
このセグメントでは以下の目次に従って、Worldcoinというプロジェクトの仕組みを解説する。
何故光彩認証が必要なのか
どのように虹彩認証を行っているのか、もとい、Orbについて
どのようにUBIを実装するのか
これに関しては、先のUBIの実装を行うという目標の観点から簡単に導き出せる。
UBIを実装するには、全人類を一意に識別できる何かが必要だ。それは、
すべての人類が持っていて(普遍性)
複製/製造が困難であり(シビル耐性)
重複せず(一意性)
かつ読み取って検証できるもの(検証可能性)
でなければいけない。
これをもって、一人の人間であることを証明する。
Worldcoinでは虹彩認証を用いてこれを行う。このことを”Proof-of-Personhood Protocol”、PoPPと呼んでいる。
唯一性をもつと人間であることの証明、そう、unique humanであることの証明プロトコルである。
また、このPoPPの背景には、AIが台頭し、それによるコンテンツが増えるという世界から、ヒトとAIを区別するという目的もあるようだ。
先のUBIについても、所謂”After AI社会”の文脈だった。OpenAI社CEOらしい理論の展開だ。
まあChatGPTでパラダイムシフトのようなものを起こした張本人がAfterAIはこうなるべきを語って自分でやるってのは、少しマッチポンプ感が否めないが…まぁ、結果人類が幸せになればいいみたいな思想に基づくようだし、とてもアメリカ人っぽい。
で、様々な実験の結果、Worldcoinはこれにはヒトの虹彩を使用するしかないという決断に至った。
その記録は、公式ブログ”HOW THE LAUNCH WORKS”の Solving The “Unique-Human” Problem の部分からも確認できる。
長いので要約すると、
CAPCHAでは一意性が確認できなかった、社会的検証を含むものではスケールできない、生体認証のみでは不正やスケーラビリティに問題がある…
結果、暗号化技術、虹彩情報による生体認証、そしてインセンティブ設計を組み合わせることによってこれをクリアした。
という背景があったようだ。
先に話しておくと、このセグメントがこの記事の中で最も長く、重い。
なぜならこの項目には虹彩情報の取り扱い方法が含まれる、今回の論点のコアな部分であるためだ。
そのためかなり気合を入れて詳しく書いつもりだ。
Orbとは、Worldcoinが虹彩認証を行う際に使う、球体の機械のことである。
この機械を通して虹彩認証を行わない限り、Worldcoinによるエアドロップは受け取れない。
ETH Global Tokyoで日本に数台持ち込まれ、そのうち二台は東京に残され、日本国内からのWorldcoinへのオンボーディングに使用されるようだ。
Worldcoin公式ブログには、Orbを作った理由について記述されている記事がある。以下はその部分を丸ごと抜粋したものだ。
When Worldcoin started, we didn’t intend to develop a biometric imaging device. Building custom hardware is difficult and expensive, and no one wants to do it if they can avoid it.
Our goal was to freely distribute a new digital token to everyone in the world as a way to help them access and participate in the global economy. It was only after concluding that biometrics are the sole realistic way of achieving our goal that we set out to create the Orb.
Our research showed that iris scanning offers the most accurate biometrics with an acceptable user experience that has been successfully tested at scale. This is because the iris has strong fraud resistance and data richness, meaning it can be used to accurately differentiate between billions of unique humans. The more data rich the biometric marker (e.g., the iris), the fairer and more inclusive the system.
And since commercially available iris imaging devices did not meet our technology or security needs, we spent years developing our own to enable universal access to the global economy in the most inclusive manner possible.
Worldcoinが始まったとき、私たちは生体画像認証デバイスを開発するつもりはありませんでした。カスタムハードウェアの構築は難しく、コストもかかるので、避けられるのなら誰もやりたくはありませんでした。
私たちの目標は、新しいデジタルトークンを世界中の人に自由に配布し、グローバル経済へのアクセスや参加を支援することです。この目標を達成するためには、生体認証が唯一現実的な方法であるという結論に達し、Orbの製作に着手したのです。
私たちの研究は、虹彩スキャンが最も正確な生体認証であり、まともなUXを提供することができることを大規模なテストでを示しました。これは、虹彩が詐称に強く、データ量も豊富であるため、何十億ものユニークな人間を正確に区別するために使用できることを意味します。バイオメトリックマーカー(例:虹彩)のデータが豊富であればあるほど、システムはより公平で包括的なものになります。
そして、市販の虹彩画像デバイスは、私たちの技術やセキュリティのニーズを満たしていなかったため、私たちは、最も包括的な方法でグローバル経済への普遍的なアクセスを可能にするために、何年もかけて独自のものを開発しました。
“UNDERSTANDING THE ORB AND WHY WORLDCOIN USES BIOMETRICS“, worldcoin.org より翻訳
また、別の記事では、
When Worldcoin started, we didn’t intend to develop a physical device, let alone one built for biometric imaging.
Worldcoin が始まったとき、私たちは物理的なデバイスを開発するつもりはなく、ましてや生体認証イメージング用に構築されたデバイスを開発するつもりはありませんでした。
“OPENING THE ORB:A look inside Worldcoin’s biometric imaging device“, worldcoin.orgより
とあるので、相当専用ハードウェアを作ったり画像を使用した生体認証をするつもりは無かったようだ。
が、先述のとうり虹彩認証ができないとPoPPの実現は難しく、それには専用のハードウェアを作らざるを得ない、という背景があった。
Orbの構造や内部情報については、Githubのレポジトリにほぼすべてオープンソースとして載っている。
ほぼすべて、というのは、実はOrbという製品を作るにあたって、ベンダーから共有することの確認が取れていない、あるいはオープンソースの取り組みの一環として共有できない特定の専有情報(IP)を利用したからで、この部分に関しては、現在もまだ公開できていない。
余談:Orbのカメラが付いている面の角度は、地球の自転軸の傾きと同じ23.5度らしい。謎の拘りを感じる。
Orbの詳細な構造はOPENING THE ORB:A look inside Worldcoin’s biometric imaging deviceを参照してもらうことにして、ここからはどのように虹彩が読み取られ、その画像が処理されるかの話に集中しよう。
虹彩の画像は、近赤外線(NIR)で撮影される。画像真ん中左のWide Angle Cameraで目の位置をとらえ、画像上部の大きなカメラ(ミラーが挟まれているのでメインカメラは見えないが)で撮影される。
さてここからが最も重要な、つまり今回の争点になるのだが、撮影された虹彩データはどうなるのだろうか?
結論から言うと、「虹彩の生データは保管されていない」だ。
Images collected by the Orb are promptly deleted unless explicitly requested by the person signing up
By default, the only personal data that leaves the Orb is a message containing a numerical representation of the most important features of the image, the iris code, to validate uniquenessOrbが収集した画像は、サインアップする人が明示的に要求しない限り、速やかに削除されます。
デフォルトでは、Orbから送信される唯一の個人データは、画像の最も重要な特徴を数値的に表現したメッセージ、つまりirisコードで、これはそのユニーク性を確認するためのものです。
”SOLVING FOR PRIVACY: Our approach to keeping information safe”, worldcoin.orgより翻訳
Given biometrics are involved, privacy must be held to the highest standard. In a nutshell: images are processed in-memory locally on the Orb and then deleted. The output is only an iris code, which is a way to numerically represent the texture of an iris.
バイオメトリクスを扱う以上、プライバシーは最高水準に保たれなければなりません。簡単に言うと、画像はOrb上のローカルなメモリ内で処理され、その後削除されます。出力されるのは、虹彩の質感を数値化した「irisコード」のみです。
“PRIVACY AT WORLDCOIN: A Technical Deep Dive - Part I“, worldcoin.orgより翻訳
つまり、Worldcoinは虹彩の生データは収集していない。
しかし、その生データから生成した”irisコード”はサーバーに保管される。
ということになる。
同ページでは、Worldcoinへのオンボーディングの詳細が書かれている。その中から、irisコードに関する部分を抜き出すとこのようになっている。
ちょっと長いが、これが虹彩の処理の全容だ。
The Orb takes input from different sensors (face imaging in the visible spectrum and iris imaging in the near infrared)[1] to determine someone is human, non-fraudulent and later, unique. By default, images taken by the different sensors are only kept in local memory.
With the sensors' inputs, the Orb locally runs a set of Machine Learning models that detect fraud, identify the eyes and control the image capture. This ends with the capturing of two in-focus iris images.
With the user's iris images, an algorithm that computes the iris code (more details on the iris code below) is run, fully on-device.
All images are destroyed unless a person explicitly requests to back up their data for future upgrades and improvements of the system's security and inclusivity. More details on this in the following section.
The Orb submits to the sign up service a message with the iris code. The message is signed by the Orb's private key which lives in the Trusted Platform Module (TPM), to authenticate the message came from a legitimate Orb.
The sign up service together with the uniqueness service compares the proposed iris code to all the iris codes previously seen by comparing their Hamming distance. If the distance is below a certain threshold, then the backend considers this sign up a duplicate and rejects the enrollment.
Beyond running the deduplication on the iris code, the process also includes the verification of the signature and that it comes from a valid Orb.
If all conditions are met, the uniqueness service[2] submits a request to include the user's identity commitment in the list of verified commitments. The list lives in a smart contract on-chain.
To prevent duplicate sign ups, the iris code is stored in a database containing iris codes previously seen and identity commitments. A user never shares their identity commitment when using World ID, ZKPs make sure it's impossible to know the identity commitment or iris code of a specific person, even if this database were public.
Orbは、異なるセンサー(可視領域の顔画像と近赤外領域の虹彩画像)[1]からの入力を受けて、誰かが人間であり、不正でなく、唯一性を持つことを判断します。デフォルトでは、異なるセンサーで撮影されたそれぞれの画像はローカルメモリーにのみ保存されます。
センサーの入力により、Orbはローカルで機械学習モデルのセットを実行し、不正を検出し、目を識別し、画像キャプチャを制御します。この結果、ピントの合った2枚の虹彩画像が撮影され、撮影は終了します。
ユーザーの虹彩画像で、虹彩コード(虹彩コードの詳細は後述)を計算するアルゴリズムが、完全にオンデバイスで実行されます。将来、システムのセキュリティと包括性のアップグレードと改善のためにデータをバックアップするよう、ユーザーが明示的に要求しない限り、すべての画像は破壊されます。これについては、次のセクションで詳しく説明します。
Orbは、虹彩コードを含むメッセージをサインアップサービスに送信します。メッセージは、TPM(Trusted Platform Module)内にあるオーブの秘密鍵で署名され、正当なオーブからのメッセージであることが認証されます。
登録サービスと一意性サービスは、提案された虹彩コードを、以前に見たすべての虹彩コードとハミング距離で比較します。距離がある閾値を下回る場合、バックエンドはこのサインアップを重複とみなし、登録を拒否します。
虹彩コードの重複排除を実行するだけでなく、このプロセスには署名の検証も含まれ、それが有効なOrbからのものであることを確認します。
すべての条件が満たされた場合、一意性サービス[2]は、検証済みコミットメントのリストにユーザーのIDコミットメントを含める要求を提出します。このリストは、チェーン上のスマートコントラクトに保存されます。
重複サインアップを防ぐため、虹彩コードは、以前に見た虹彩コードとIDコミットメントを含むデータベースに保存されます。ZKPで、このデータベースが公開されていても、特定の人のIDコミットメントや虹彩コードを知ることは不可能であることを確認しています。
ここでやはり気になるのは”irisコード”だろう。
これについては、irisコードそのものの生成方法について理解しなければならない。
…のだが、ちょっと専門的すぎて簡単に書けなさそうなので、以下に同記事より引用する。
ちなみにその専門的な内容が書かれた記事はこちら。
The iris code cannot be a simple hash of the texture of the iris. This is because two pictures of the same iris will not be exactly the same. Myriad factors change (lighting, occlusion, angle, etc.) in image capturing and a tiny change would lead to a different hash. With the iris code, those factors only lead to slightly modified Hamming distance between two codes which permits fuzzy comparison of irises. If the distance is below a certain threshold, the images are assumed to be from the same iris.
irisコードは、虹彩の質感を単純にハッシュ化したものではありません。なぜなら、同じ虹彩を撮影した2枚の写真は、まったく同じにはならないからです。画像撮影では無数の要因(照明、オクルージョン、角度など)が変化し、ほんの少しの変化でハッシュが異なってしまうからです。虹彩コードでは、これらの要因によって、2つのコード間のハミング距離がわずかに変化するだけで、虹彩をファジーに比較することができるようになります。距離がある閾値を下回る場合、画像は同じ虹彩のものであるとみなされます。
つまり、再検証時に多少違いがあっても判別可能な状態に変えて保存しているということのようだ。
その様子は件の専門的なほうの記事にてわかりやすいgifが掲載されている。(mirrorにgif画像は載せられないので各自で確認してほしい)
irisコードから虹彩の画像をリバースエンジニアリングすることはできないとも記載されていた。
以上がirisコードに関する詳細である。
ここで、筆者はある疑問を感じた。
「ここで使用されているirisコードが、もし汎用的に虹彩情報を数値化したときに得られるものであり、他社が作成した別のアルゴリズムでも同じirisコードが生成されてしまうのであれば、実質的に1:1対応のコードになってしまい、意味がないのでは?」
つまり、今は問題なくとも、今後Worldcoin内部に保存されているirisコードのみによって他社サービスへの不正なログインが為せるようになる可能性があるのでは?という疑問である。
Worldcoin批判の中に、Edward Snowden氏による批判がある。
これは、同氏がWorldcoinに対し、「将来のスキャンと一致するハッシュを保存するのだ。眼球をカタログ化するな。」と批判した、というものらしい。
これは好意的な解釈かもしれないが、私の考えた上記のことと文脈が同じなのではないかと考えている。
記事によればこの後にワールドコインは「私たちはZK-proofを使用しています!」と答え、それに対しスノーデンが「素晴らしい、クレバーだ。でもまだ駄目だ。人体はチケットパンチではない。」と返したらしい…
が、調べた感じこの虹彩処理(特にirisコード生成の部分)にゼロ知識証明に関する技術は使われていない。この”ワールドコイン側”とされるユーザーの返答は間違いではないだろうか。と筆者は考えている。
Worldcoin上で主にゼロ知識証明が使用されているのはWorld IDの処理に関してである。World IDについては、語りたいことが多くあるにはあるが、この記事の主題からそれるため割愛する。
Worldcoinによるこれへの対策としては、虹彩画像とirisコードの1:1性を完全に排除するIrisHashesというものを開発しているようで、それはIrisHashesの元画像を作ることが数学的に不可能になるような暗号学的ハッシュ関数の条件を満たすレベルのものらしい。
その名の通りハッシュ関数が絡んでくるのだろうが、詳細な情報はどこにも記載されていなかった。
Part Ⅱに記載があるかと思ったが、Part Ⅱはまだ公開されていないようなので、以上の点については公式ディスコードで質問しておいた。更新があれば追記しようと思う。
また、以上に述べた虹彩処理のアルゴリズム・コードは全てオープンソースでありGithubに公開もされている。(先述のOrb内の例外以外)なので、信用しない方は自分で検証できるとのこと。
…なのだが、この規模の処理を一人でverifyできる人間はいるのだろうか?
さて改めて以上の内容をまとめるとこうだ。
Worldcoinは虹彩の生データを保管していない。
生データをもとに生成された数値であるirisコードを本部サーバーに保管している。
希望すればOrb内に虹彩の生データを残せるが、デフォルトではirisコードの生成が終了したら生データは破壊される。
つまりWorldcoinは虹彩の情報を収集しているという情報は誤りである。
しかし、先の疑念も解消されたわけではない。厳密な検証は続けていったほうが良いだろう。
とにかく生データを収集してるわけではない!というのが重要、と今は考えよう。
さて、最重要な項目は終了したので、この項目はさっくりと済ませようと思う。
Worldcoinを使用するやりとりは、World Appと呼ばれるスマートフォン向けアプリケーションを介して行われる。
ios版は下記からダウンロードできる。
これはワールドコインを使用するためのウォレットアプリでもある。
Worldcoinのトークンである$WLDのエアドロップはアプリ内のウォレットに対して行われ、受け取りには虹彩認証を通過している必要があるようだ。
一人一アカウントが前提としてあるようで(当然複垢できたらダメではある)、そのためアプリダウンロード時にそのスマホ内部の情報をエントロピーの一部として秘密鍵を生成しているらしい。
エアドロップは1週間に1回、1$WLD が全ユーザーにエアドロップされる。スケジュールはアカウントがない状態でもWorld Appから確認できる。
詳細に決まっているわけではないが、このアプリとエアドロップを通じてUBIを実装しようとしているようだ。
以上でWorldcoinというプロジェクトに関する情報と、皆が気にする虹彩情報の扱いについては理解していただけただろうか。
ブロックチェーン的観点からの情報や、トークンの使用法等については今回は割愛する。
さて、先のセクションで虹彩データという究極の個人情報を提供しなければいけないのではという疑念に対する勘違いを払拭できたと思う。
次は、紹介制スキームを持ち、発展途上国等の情報弱者に対して多く展開されているという疑念が正しいものか調べてみる。
まず紹介制スキームを持つかどうか?という点についてだが、これはちょっとある。
WorldcoinにはWorldcoin Operatorというポジションがある。これはまあいわゆるプロジェクトサポーターというか、アンバサダーのようなものよりも公式なポジションで、誰でも公式サイトから応募できる。
誰でも応募できるとはいえ、このオンボーディングがかなり厳格な手続きになっている。
まずその国の現地法人がない場合、それを立てなければいけない(たぶんWorldcoin専用の法人を)。そのうえで、本部(おそらくWorldcoin Foundation)からコンプラ教育を受けたりデューデリやKYCを行ったあとに、ようやくOrb等を受け取りOperatorになるようだ。
**それはもう就職では?なんなら起業では?**と思ったが一旦続けよう。
このように晴れてOperatorになったことで、インセンティブが発生するようになる。
Operatorとしての仕事は、新たにWorldcoinに登録する人のサポートや、登録するためのイベント等を企画することであり、Operatorは、新たにWorldcoinに登録した人を増やすことによって報酬を得る、ということらしい。
Worldcoin Operators’ businesses are compensated in either stablecoins or fiat currency for signing up individuals to participate in the Worldcoin project by securing a World ID.
Worldcoin Operatorの事業者は、World IDを確保してWorldcoinプロジェクトに参加する個人を登録することで、FiatまたはStablecoinで報酬を得ることができます。
”WHAT IS A WORLDCOIN OPERATOR, AND HOW CAN I BECOME ONE?”, worldcoin.orgより翻訳
オンボーディングはかなり厳格ではあるが、
「登録者に応じて報酬がもらえる」
「誰でも登録(フォーム入力自体は)できる」
という情報だけ見ると、ちょっとネットワーキングビジネスに似ているとも言えなくはない。
実態はより厳格だが。
いや、厳格であることこそ、クリプトらしくないといえばそうなのだが、Worldcoinをクリプトプロジェクトとして見るべきかというとそうは筆者は思わないので、この観点からのコメントはやめておこう。
確かに発展途上国でも展開されているが、それ以上に発展途上国以外の国でも展開されている。
IN PORTUGAL, WORLDCOIN SIGN-UPS SURPASS 1% OF THE POPULATION によれば、ポルトガル国民のWorldcoin登録率は国民の1%を超えたらしい。
また、Worldcoin登録者が100万人を超えた際の記事では、
The first million sign-ups came from individuals in diverse countries including Argentina, Chile, India, Kenya, Portugal, Spain and Uganda. In cities like Nairobi and Lisbon, where total sign-ups have exceeded 360K, Worldcoin has become one of the most downloaded finance apps ahead of the mainnet launch.
最初の100万人のサインアップは、アルゼンチン、チリ、インド、ケニア、ポルトガル、スペイン、ウガンダを含む多様な国の個人によってもたらされました。ナイロビやリスボンなどの都市では、サインアップの合計が36万人を超え、Worldcoinはメインネットのローンチに先駆けて最もダウンロードされた金融アプリの1つとなりました。
”WORLDCOIN HAS PASSED 1 MILLION SIGN-UPS. HERE’S WHAT’S NEXT”, worldcoin.orgより翻訳
とあり、アルゼンチンやスペインなどの発展途上国とはみなされていない国でも展開されていることが伺える。
が同時に、ケニアやウガンダなどの途上国でも活動しているようだ。
しかしながら、ワールドコインの目標はUBIであり、それに付随して”グローバル経済への普遍的なアクセス”も推し進めている。
普遍的なアクセスという点については当然ながら全人類が該当するし、特にできていないと思われるのは当然他の国より発展途上国であろう。その視点で考えたら日本とかメチャクチャ優先度が低い。
よって、「途上国での展開も当然多くある。が、情報弱者だから相手にしているわけではない。 」という結論になる。
さて、これにて最初にまとめた
Worldcoinに対し、猜疑心を抱いたり、これを危険視する人が少なからずいる。
それは以下の理由にまとめられる。
虹彩データという究極の個人情報を提供しなければいけない
紹介制スキームを持ち、発展途上国等の情報弱者に対して多く展開されている
という情報について、正しい知識を得られたと思う。
正しくは、
Worldcoinは虹彩の生データを保管していない。
生データをもとに生成された数値であるirisコードを本部サーバーに保管している。
希望すればOrb内に虹彩の生データを残せるが、デフォルトではirisコードの生成が終了したら生データは破壊される。
Operatorというポジションがあり、そのポジションのインセンティブ設計は紹介制スキームのそれと似ているが、厳格なオンボーディングが為されておりネットワーキングビジネスでは全くない
Worldcoinの目標ゆえに途上国での展開も当然多くある。が、情報弱者だから相手にしているわけではないし、それ以外の国でも大きく展開している。
となる。
また、
さて、これらの指摘は的を射ている指摘なのだろうか?
そしてWorldcoinは本当は何をしようとしているのか?
という問いに対しても、一定の答えが得られただろう。
指摘は的を射ていない場合が多い。
WorldcoinはUBIを実装しようとしている。
ということである。
で、ここまで調べといて何なのだが、公式がこれらの勘違いについて完全な回答を既に用意していた。
この記事を書く必要はなかったのかもしれない。悲しい。
ここからが本番です。
とても長くなったが、最後に、筆者がこの壮大な訂正作業を通じて最も伝えたかったことを書いこうと思う。
そして、それについては過去の賢人が既に良い言葉を紡いでくれている。これを引用する。
Wovon man nicht sprechen kann, darüber muss man schweigen.
語りえぬことについては、沈黙しなければならない。
”論理哲学論考”, by Ludwig Wittgenstein
様々な解釈があるが、私は彼は要するに
「よく知らんモノについて知ったふうに喋るな」
という意図でそう書いたのだと考えている。
最近は、というか昔からなのだが、我々の生きるCryptoでは、
「何千人ものフォロワーが居るインフルエンサーが間違ったことをあたかも常識や、良い解決法かの如く書き発信する」
というとんでもない大罪が毎日のように行われている。
最近だとBinanceJPに関する情報発信でこのようないともたやすく行われるえげつない行為を数件見かけたが、あれらはまだ訂正されまくっている分マシである。
訂正が一件も入ってない(まず正しさが判別できるユーザーの目に届かない)クソ間違ってることしか言っていないツイートが、実は我々の見えない領域で、あろうことか初心者向けとして多く広まってしまっているのがCrypto、いやむしろweb3界隈の現状である。
この界隈のインフルエンサーは2種類に分かれていくと筆者は考えていて、
完全初心者向けに特化していく発信者(いわゆるインフルエンサー)
事業者技術者向けに特化していく発信者(いわゆるリサーチャー)
の2パターンが存在する。
上記の現象は、特に前者のタイプについて多く発生している。
その原因は多く考えられる。むしろこの傾向は想定しやすいものともいえる:
Cryptoは技術ばかりで理解しづらい
理解しやすいようにとはいえ書き換えすぎ
大方の”拡散希望ツイート”は、以上の2点をもって醸成されると筆者は考察している。
…さて、この記事のタイトルは、Worldcoinの実態とSam Altmanの意図、そして悪意無くに加害者となる我々
である。
今回の記事を書いた理由は、
様々ないわゆる「情報強者」とされる、つまり後者の発信者達が、Worldcoinについて勘違いしたまま語っていることがあまりにも多いから。
である。
今回の件については、虹彩の情報という個人情報を扱うプロジェクト故、そのCrypto的なセンスには「危ないモノ」として映りやすかったのであろうことは想像に難くない。
しかし、とはいえしっかり調べてから発信して頂きたい。
間違った情報を流布するのは、真面目にプロジェクトに取り組んでいる人からも、正しい情報を得たいと考えている人々からも、非常に迷惑だろう。
我々にはこの言葉があるだろう。思い出してくれ。
”Do Your Own Research”
この言葉を逃げに使うな。
この言葉は自らを戒めるために使え。
Do Your Own Research BEFORE YOU SPEECH.
そして語りえぬことについては、我々は素直に沈黙したほうが賢明だ。
(順番はぐちゃぐちゃ)
ちなみにだが…
筆者はWorldcoinに登録していない。
否、できなかったのだ。
ETH Global Tokyoの会場で試したが、ダメだった。
また、後日のイベントでも30分くらいかけて(しっかり本部の人の指示にも従って)登録を試したが、それでもできなかった。
Orbは何度やっても私の虹彩をDetectできなかった。
こんなことは珍しいとそのイベントスタッフも言っていたが…
まだまだ精度についてはアップデートを行わなければいけないようだ。
あるいはどうやら、私はヒトではなかったらしい。