本稿は、名著「イノベーションの普及」を片手に、ブロックチェーンが「双方向イノベーション」であるとの視点から、その商業利用の普及について予想する。
多くの人が既に指摘しているが、私は、ブロックチェーンをネットワーク外部性の高いイノベーションであると理解している。そして、このような性質から、ブロックチェーンは、エベレット・ロジャーズの言う「双方向イノベーション」であると私は考えている。
同種のイノベーションには、歴史上、電話、ファックス、eメールなどがあった。
このようなイノベーションには、「採用者がコミュニケーションしたいと思っている他の人も使用しない限り、それを採用した人にはほとんど役に立たない」(エベレット・ロジャーズ「イノベーションの普及」)という性質がある。
例えば、eメールは郵便と比べて、比にならないほど効率的に情報を伝達することができる。しかし、自分の属するコミュニティのメンバーがeメールを採用していない場合、相手方が情報を受領できないため、郵便より劣る。eメールの真価は、みんながこれを採用することで発揮される。
ブロックチェーンも同様のことが起きる。明日、人類の全てが銀行送金をやめて、ブロックチェーンを採用した場合、人類はこれまでにない高い効率で価値を送受する時代を手に入れる。しかし、相手方がブロックチェーンを採用していない場合、off rampを介して銀行口座へ送金しなければならず、off rampのコストが上乗せされるだけの劣化銀行送金になってしまう。
さらに、ブロックチェーンは、これを採用するために、利用に十分な資産を(採用者にとって)リスクに晒さねければならないという特徴がある。この点は、採用のために比較的大きなコストがかかった初期のファックスなどと性質が似ている。
ブロックチェーンは、ごく一部の革新性が高い者だけが利用する初期市場の段階にとどまっていると、私は理解している。
BitcoinやEthereum、ステーブルコインなどを支払い手段として受け付ける場所は、極めて少ない。
管見の限りでは、ドバイの賃貸や、一部のコンセプチュアルな飲食店で、暗号資産での支払いを見たことがあるくらいだ。
暗号資産では、スーパーマーケットで買い物はできない、ネット通販に使えない、光熱費を支払うこともできない。このような状況は、事業者にとっても同じで、売上はfiatで建ち、支払いにおいても暗号資産を嬉々として選ぶところはない。
暗号資産の現在のユースケースは、価値貯蔵機能に着目した金融商品としての売り買いに留まっている。
双方向イノベーションの普及には、クリティカルマスの形成が重要である。イノベーションが小集団で採用され、そのネットワーク効果が十分に発揮されるような状態が生み出されることで、普及が加速する。
「イノベーションの普及」では、クリティカルマスを実現するための戦略として以下の4点を挙げている。
社会システム内の階層構造で高い位置にいる人たちをターゲットとする
「イノベーションの採用は避けられない」と思わせる
相対的に革新的と目される社会システムの成員で、外部からの影響を受けていない集団にイノベーションを導入する
インセンティブの付与
さらに、ブロックチェーンの普及の現状から、
でなければ採用は望めないと私は考えている。
私は、「国際的な給与送金」の市場が、上記の要素に適合し、ブロックチェーンの商業利用の始点になりうると考える。国際的な給与送金とは、例えば、オフショア開発などの業種で、先進国で立った売上を途上国の労働者に分配するようなジョブである。
給与送金では、限定的な影響範囲の人間に対して、トップダウンの採用が行いやすい。さらに、国際送金では、既存の外国為替送金よりも、on/off rampを経た暗号資産の方が優位になるシチュエーションがいくつかある。