例年にないような猛暑が続いたかと思ったら、今度は突然の大雨で不安定な天候に見舞われておりますが、皆様、お障りなくお過ごしでしょうか。
さて、「T2D3」という言葉をご存じですか?スタートアップで働いていらっしゃる方であれば、一度は耳にしたことがあると思うのですが、Triple(3倍)、Triple(3倍)、Double(2倍)、Double(2倍)、Double(2倍)で、SaaSビジネスの売上が毎年伸びていくことを指しています。私が初めてこの用語を聞いたときは、その成長率にびっくりしましたが、実際にこの「T2D3」を達成したスタートアップが存在し、トップクラスのベンチマークとして利用されています。
今回の投稿では、このようなテック企業が、なぜ早いスピードで成長することが可能なのかについて書きました。投稿の中では、テック企業だけでなく、非テック企業の成長スピードについても考察しておりますので、テック業界/非テック業界にいらっしゃる方を問わず、ご一読いただければ幸いです。
まず、いわゆるGAFAM(またはMAAMA)と呼ばれるAlphabet、Amazon、Apple、Meta、Microsoftの5社に関して、過去10年間の売上高推移グラフを作ってみました。以下をご覧ください👇
しっかりと右肩上がり成長を描いていますね📈しかし、GAFAMの実績だけを見ても成長が早いかどうかわからないので、日本の時価総額ランキング上位5社と比較してみました。
以下が、日本の時価総額ランキング上位5社である、トヨタ自動車、ソニーG、NTT、キーエンス、三菱UFJの過去10年間の売上高推移グラフになります👇
トヨタ自動車の売上高が突出して高いので、グラフにすると他の会社の売上高の伸び率がわかりにくいかもしれないです。しかし、その影響を考慮しても、日本の時価総額ランキング上位5社は、GAFAMほど速く成長しているようには見えません。
では、年平均成長率(GAGR)を計算してみたらどうなるでしょう?以下は、GAFAMと日本の時価総額上位5社のCAGRです👇
明らかにGAFAMの成長率の方が高いですね・・・😓日本の時価総額上位5社は、キーエンスがかろうじてがんばっていますが、他4社の成長率はApple、Microsoftの半分以下になっています。
ところで、ここまでは時価総額が大きい上場企業の成長率を見てきましたが、スタートアップの成長率はどれくらいでしょうか?スタートアップは未上場の企業が多く、財務データが開示されていないため、成長率の取得が困難です。そこで会社側の実績値ではなく、投資家が期待する成長率を見てみましょう。
元Airbnbのグロース担当のLenny Rachitskyさんが、数十名の投資家に「Good」な成長率と「Great」な成長率をヒアリングした結果が、以下になります👇
スタートアップの成長ステージの初期ほど高い成長率が求められますが、Pre-IPOのフェーズでも「Good」な成長率は年率+50%です。こういったスタートアップは事業が成長段階でまだ赤字だったり、利益を成長投資に回すので、ほとんど利益が出なかったりします。赤字のスタートアップでも、上場すると数百億円以上の時価総額になることがありますが、これは高い成長率が期待されるためです。つまり、将来の成長が先取りされて、時価総額に反映されていることになります。そのため、一般的には高い成長率(早い成長)であればあるほど、時価総額も大きくなります。これはスタートアップだけでなく、GAFAMでも同様です。結果として、高い成長率を実現できているGAFAMは、日本の時価総額上位5社よりも、遥かに大きな時価総額となっています。
参考:事業の成長ステージにおいて、投資家がどのような成長率を期待しているかの詳細については、以下のLenny Rachitskyさんの記事を参照してください🔗
では、GAFAMをはじめとするテック企業は、なぜ早い成長を実現できるのでしょうか?
日本におけるAI研究の第一人者である東京大学の松尾豊教授。松尾教授の研究室からは、GunosyやPKSHA Technologyといったテック企業が輩出されています。その松尾教授が示された、この複利運用の計算式に、テック企業が早い成長を実現できる答えが隠されています。
なお、複利運用とは、運用で得た収益を当初の元本にプラスして再び投資することです。複利運用の計算式は金融などで使われますが、ここでは企業が事業活動を通じて得た利益を再投資し、さらに成長していくことを計算式で表していると考えてください。
松尾教授の説明によると、従来は、生産・物流・販売のサイクル(1年単位)が社会全体で決まっていました。ところが、インターネットが発達して、すべてがデジタルで完結する社会になると、この生産・物流・販売のサイクルをもっと早く回せるようになりました。つまり、1年サイクルではなく、もっと早いサイクルで複利運用を回せるようになり、それが無限に早くできるようになったのです。
従来の成長は複利運用の計算式のr(利率)を増やすことでしたが、t(運用期間)を増やすことができるようになった結果、どんなことが起きるでしょう?rを増やす場合と、tを増やす場合では、実はtを増やす方が金額が大きくなる、つまり、企業の成長の早さにつながることがわかります。
また、松尾教授は、毎週、毎日、数時間でアプリのアップデートを展開することができたり、A/Bテストを繰り返して何度でも改善することができたりするように、デジタルによってtの値を5倍とかではなく、100倍にすることも可能だと説明しています。複利運用で、tの値を100倍にするとどうなるでしょうか?👇
つまりテック企業は、AI化できるところはAI化する、デジタル化できるところはデジタル化して、tを無限に大きくすることで、早い成長を実現してきたのです。
テック企業は複利運用の計算式のtを増やすことで早い成長を実現してきたことがわかりましたが、非テック企業の成長を早くすることはできないのでしょうか?
私は非テック企業も成長を加速できると考えています。毎回同じ事例で大変恐縮ですが、前職の「外食チェーン」を例にして、非テック企業も成長を加速できる理由を説明させてください🍽️
規模の大きな外食チェーンは、通常、セントラルキッチンを設けます。セントラルキッチンとは、食品の調理工程を集中させ、効率化を果たす調理施設のことです。セントラルキッチンに調理を集中させることで、メニューの品質の安定や店舗の人件費の削減、土地や物件活用の大幅な効率化を実現できます。
しかしながら、セントラルキッチンは経営の柔軟性を失わせる側面もあります。例えば「売れるかどうかわからない新商品を数店舗で試験販売したい」といった場合に、基本的に店舗では調理はできないため、セントラルキッチンと相談することになります。セントラルキッチンは上記の通り、調理を集中させ効率化を図る施設なので、一定の規模と稼働率がないと、かえってコスト高になります。そのため、このような数店舗だけのための売れるかどうかわからない新商品の調理みたいな案件は非常に苦手です。
一方で、私の前職の丸亀製麺は、全国で800店以上の規模がありますが、セントラルキッチンはありません。基本的に食材は直接店舗に配送され、店舗で調理をしてお客様に料理を提供します(小麦と水と塩のみを使い店舗で生地を作り、手づくり・できたてのうどんを提供しています!)🍜
そのため、「売れるかどうかわからない新商品を数店舗で試験販売したい」といった場合にも、店舗に調理器具もあり、調理ができる人もいるので、食材とレシピさえあれば比較的容易に試験販売することが可能です。おそらく某ハンバーガーチェーンはサプライチェーンが超効率化されているので、もし「もっとボリュームを出したいので、ビーフパティを厚くしたい!」となっても、牛肉の調達先との調整、セントラルキッチンの調理工程変更、ビーフパティを焼くグリルの変更etc.を考慮する必要があり、実現するまでに膨大な時間と労力を要すると推測します。
これがどのような意味を持つかというと、丸亀製麺では、セントラルキッチンを持たないことで、売れるかどうかわからない商品Aと商品Bを試験的に販売してみるということが比較的容易に実現できる、つまり、A/Bテストを繰り返して何度でも改善することができると言えないでしょうか?これはまさに、松尾教授が仰る「tを増やす」ための一つの方法です。
このように非テック企業でも、テクノロジーを用いずに、工夫次第でtを大きくして、成長を早めることは可能といえます(参考:私が在任していた期間におけるトリドールホールディングスの売上高のCAGRは12.2%でした)。しかしながら、テクノロジーを活用しないと限界はあります(tを100倍にすることはできない)。松尾教授は、宇宙ビジネスで民間が成功し始めた理由として、 tが大きいから早く失敗を繰り返す、そして早く作ることをあげています。
Elon Musk氏が設立したSpaceXは、通常数千万ドル(数十億円)というコストがかかるロケットブースターを、自動制御の機能で着陸場へ帰還させ、再利用することで、膨大なコストを削減しています。ロケットの打ち上げ費用を削減することで、失敗のハードルが下がり、高回転、高速オペレーションが可能となります。そして、大気圏への再突入による高温から機体を守るのはもちろん、さまざまな方向に回転する機体を安定させ、着陸間際に減速してソフトランディングさせるには精緻な制御が必要になり、それはテクノロジーの力があって初めて実現が可能なことです。
ここまでを整理すると、テック企業だからといって必ずしも成長が早いわけではなく、tを増やすことができる企業が早く成長でき、tを増やすための要(かなめ)がテクノロジーだということです。さらに松尾教授は、慎重に検討して進めるよりも、まずやってみる、早く失敗する、そして、いいアイディアを出すための多様性、寛容性、フラットな組織etc.というような「シリコンバレー的」な思考、行動を、tを増やすための方法として紹介しています。
「シリコンバレー」つながりで、ムーンショット(Moonshot)というシリコンバレーで使われる用語をご紹介します。ムーンショットとは、「それに続くすべてをリセットしてしまう、ごく少数の大きなイノベーション」のことです。ムーンショットという用語は、アポロ計画を開始するきっかけとなった、アメリカの第35代大統領であるJohn F. Kennedyのスピーチが由来のようです。
私は、テック企業の本質は、この「ムーンショット」にあると感じています。つまり、アポロ計画のような簡単には達成できない困難な目標を実現するための計画を掲げ、テクノロジーにより失敗のハードルを下げ、tを無限に増やすことで、大きなインパクトをもたらすイノベーションを生み出すことが、テック企業に真に求められる役割ではないでしょうか。そして、それを実現するためのツールとして、OKRや、心理的安全性、ホラクラシー組織etc.があります。なので、大きなミッションを掲げ、失敗を許容し、速く動くという土台がない中で、単にOKRなどのツールを導入する企業は、成果をあげられずに失敗するか、または、ツールの本当の価値を引き出せずに終わります(この辺の論点は、また別の機会に記事を書ければと思います)📝
さいごに、私が働いているakippaは「“なくてはならぬ”をつくる」というミッションを掲げ、世界中の困りごとを解決していくことで、いつしか私たち自身も必要不可欠な存在となるという、なかなか難しい目標を実現しようとしています。そして、かつてakippaは営業会社として創業されましたが、今はプロダクトにしっかり向き合い、本当の意味で営業会社を脱却し、テックカンパニーとなることで(tを増やして)、ミッションの達成を目指していこうとしています。
akippaでムーンショットにチャレンジしたいと思った方は、ぜひこちらの採用サイトをご覧いただけると幸いです🚀
まだしばらくは厳しい暑さが続くと思いますが、体調管理には充分気をつけてお過ごしください。それでは、またお会いできるのを楽しみにしております。