こんにちは。
Skyland Ventures(SV)でインターンをしているKen(https://twitter.com/ojoknek)です。
SVでは、2022/12/11-2023/01/08にかけてアドベントカレンダーを実施しています。毎日コンテンツをメンバーが1つ投下していますので、ぜひ公式Twitterをご確認ください。
公式Twitter:https://twitter.com/skylandvc
ぼくは慶應義塾大学理工学部の情報工学科に所属しています。2022年の11月まで、1年と数ヶ月の間、フランスに留学の上で滞在していました。IT領域に興味がある側、ヨーロッパへの興味と、留学をしたい!という気持ちに任せて、フランスの理工学大学に飛びました。
趣味は楽曲の制作、旅行、映画アニメ鑑賞、西洋哲学書を読むことなど。(趣味が合う方気軽に話しかけてください!)ぼくの中にはクリエイター的なものとビジネス的なものと哲学的なものがあります。フランス滞在中は、西ヨーロッパを旅行してまわったりもしていました。とにかく好きなものの波に乗って、興味あるゾーンにどっぷり浸かることが好きです。
フランス語が理解できて、なおかつフランスに理工学の分野から留学していた日本人はかなり少ないのではないか(なおかつその上でVCの業務に携わっている人間はもっと少ないのではないか!)、と思います。そんな自分の強みを活かしてSVにコミットできるサーベイをしてみました。
French Techとは、フランス大統領のエマニュエル・マクロン氏が主導で行なっている「ユニコーン企業を2025年までに25社立ち上げるプロジェクト」です。
2022年1月時点で既に25社以上のユニコーン企業がフランスから立ち上がっているとのことで、国の示した目標は3年前倒しで達成されており、フランス政府の施策がうまく行っていることがわかります。
上の動画でも触れられていますが、起業家や投資家向け優遇のビザ発行が行われているのも、フランスの画期的な仕組みのようで、人材が集結しやすくなっていることがよくわかります。
公式サイトを参照してみるに、このプロジェクトは非常に巨大なお金が動いているようです。上記の動画でも、フランスの新興電話通信サービスfreeの創始者Xavier Niel氏が自費で作ったプロジェクトのHubオフィスStation Fの存在について触れています。(freeは僕もフランス滞在時に利用していたSIMカードです。めっちゃ安い。)
それだけでなく、協賛しているメンバーにはHEC Paris、EDHEC Business School といったパリのトップビジネススクールが入っていることからも、国が一体となってこのプロジェクトを進めていることがわかります。HEC Parisについては、USのトップビジネススクールに次ぐ(欧州ではナンバーワンの)ビジネススクールとしても有名で、ぼくの友人もこの学校に留学していたりします。
日本の方にはフランスという国の特長であったり、地政学的なアドバンテージであったりをよく知らない方が多いでしょう。軽くフランスという国家のあり方や強さについて触れたいと思います。
フランスは、他の欧州諸国の中でも稀有な教育システムを持っている国家で、それゆえにエリート教育の盛んな国であることが知られています。どのようなヨーロッパ諸国にも大学という仕組みは日本同様あるわけですが、フランスにはその大学システムより上位の(あるいは同等の)教育組織として、**グランゼコール(Grande école)**と呼ばれるジャンルの学校が存在します。フランス及びフランス語圏の高校生は、総じてバカロレア(Baccalauréat)と呼ばれる試験を高校最終学年で受験し、その成績により進級先を決めます。(日本の共通テスト的なものですね。)
日本であれば、共通テストの成績により、行く大学が絞られることになるのですが、フランスの場合は、このバカロレアによって行ける大学が変わるわけではありません。というのも、歴史的にフランスの大学には「国民に学舎が開かれていなければならない」というフィロソフィーがあり、原則定員オーバーとならない限りはバカロレアの成績に関わらず大学に入学することが可能なのです。(一方で、簡単に入れる分、大学の授業内容は極めて難しいため、大学に1年間在籍しているだけでも”一年目の”卒業証明書が発行されるほどです。ですので誰でも入れる大学を結局おおくの人は選択しない、というのが実情です。)
バカロレアを受験するのにも関わらず、それが意味のない成績かといえば、そういうわけではありません。ここで登場するのがグランゼコールです。グランゼコールとは、いわば少人数精鋭のエリートを教育する機関で、大学が開かれた存在であるのに対し、グランゼコールは閉鎖的で、国家のために貢献してくれるようなトップクラスの人材を育成するための場として機能しています。そんなグランゼコールは、バカロレアの得点と、それに加えてある種の二次試験を通過した一部の高校生のみが入学する切符を得られる学校たちなのです。二つの試験をパスした学生たちは、2年間の準備学級(Prépa)と呼ばれるクラスに所属して、そのクラスの中での学業成績を常に監視されます。その2年間の総合成績を加味した上で、いわば上から順にトップのグランゼコールへ学生を配置していきます。ですので、グランゼコールの学生は日本における大学3年生にあたる年齢から華々しいキャンパスライフがはじまります。
日本との顕著な違いは、一発試験での判定ではなく、2年間の総合的な勉強ぶりを加味して、エリート教育のふるいにかけているところです。だからこそ、フランスでは非常にグランゼコールの学位が重視される学歴社会が日本よりも顕著に存在します。
中でも面白いのは、文系グランゼコールのトップである国立公務学院(INSP)や理系グランゼコールのトップであるエコールポリテクニーク(Ecole polytechique)は、国から給料をもらいながら勉強するような地位をもらっている点です。現大統領マクロンも国立公務学院の前進である国立行政学院(ENA)出身ですし、過去のフランス大統領を遡ってみても、サルコジ元大統領を除いてすべての大統領がこの国立行政学院の出身であることが知られています。
グランゼコールはほとんどの全ての学校が国立であることが知られています。ただし、ビジネススクールに該当するグランゼコールは、例外的に私立法人が立てられています。なので、今回とりあげるLa French Techと提携している二つのグランゼコール(HEC ParisとEDHEC)はプライベートスクールであることがわかります。
ぼくも留学先は理系グランゼコールではNo.3に当たるエコールサントラル(Ecole Centrale)に所属していたのですが、この強烈なエリート教育には驚くべきものがありました。フランスという国家は自由を標榜しているだけあって、非常に大多数の国民は少ない時間働き、たくさんバカンスを満喫して人生を謳歌しているきらいがあるのですが、それだけでは国家システムは回らない実情があります。そんな中でも国家がうまく回っているのには、圧倒的な努力をしている一部のエリート教育機関がものすごいから、としか言いようがありません。
そんなエリート教育の力強さもあってか、フランスという国は、歴史的にも常にヨーロッパの中心に位置しています。EUという組織が生まれてからある程度の年月が経っている今も、GDPのパイとしては負けているドイツに対し、負けず劣らずの発言力を持っており、イギリスの所属していない今、EUはもはやフランス+ドイツの二強となっています。工業はドイツに劣るものの、エアバス、ルノー、プジョー、ミシュラン、サフラン、ロレアルなどといった著名な企業があります。とはいっても、フランスの稼ぎ頭といえば、観光業と農業とブランド産業であり、なかでもブランド品市場におけるフランス資本の量は目を見張るものがあります。LVMH、ケリングといった大型のブランド企業グループは、常にフランス株式市場を根底から支えています。(日本のトヨタ的な位置にある企業が、フランスではLVMHである、というのは非常に面白いインサイトです。)
世界中の人に「有名な都市」をあげるよう質問すれば、どこでも必ずパリの名が上がるでしょう。そんなこともあってか、パリはイギリスを除くほぼすべてのヨーロッパ諸国にとってのハブになっており、外からの人材流入が盛んです。 これはヨーロッパのラテン語国家の全てにいえる点だと思うのですが、彼らはカルチャービジネスにおいて非常に多くのアドバンテージを抱えています。観光で行きたい都市ランキングでパリやローマは常に上位を占めていて、西欧の歴史的に長い優位性がカルチャーブランディングを作り出しています。それゆえ、ぼくたち日本人はある程度「ヨーロッパカッケー」的な色眼鏡をかけてしまう傾向にあるので、これは投資の際にも少々注意すべき観点になります。アジアから見たヨーロッパはあまりにも遠く、彼らの細かい勢力関係は見えにくいわけですが、少なくともフランスは、ヨーロッパにおけるプレゼンスが高いために「ヨーロッパ全体にプロダクトを広げやすい」という潜在的なマーケットの広さを地の利として獲得しているのです。
フランスはヨーロッパの中でもプレゼンスが高い=ヨーロッパ全体に市場を広げやすいわけですが、それだけでなく、フランス語という言語自体にもそれなりの強さがあることはよく知られています。ヨーロッパにおける国際機関の公用語は、国連、CERN、FIFAなどをはじめ、フランス語であることはあまりにも有名です。
また、フランス語話者は全世界であわせて2億人以上いると言われており、また今後も話者を伸ばしていくであろうと言われています。そのため、フランス語でプロダクトをローンチするだけでも2億人以上にリーチする可能性を秘めているわけであり、その点で強力なアドバンテージを得ています。フランスよりも巨大な経済規模を誇るドイツと比べても、ドイツ語はドイツ国内とオーストリア、一部のスイス圏でしか利用されておらず、同じヨーロッパ言語の中でもフランス語は覇権をとり続けています。「おいおい、スペイン語はどうした」と思われる方がいるかもしれませんが、ヨーロッパに限っていうと、覇権をとっている言語は常にフランス語であり、その位置が変わることはありません。というのも、スペイン語・イタリア語・フランス語は、同じラテン語から派生した語族であることが知られており、スペイン人やイタリア人は非常に簡単にフランス語を習得できるのです!ぼくにはフランス留学中にスペイン人やイタリア人の留学生友達がいたのですが、彼らは本国で少しも予習することなしに、数週間の滞在で、ほとんどフランス語を理解してしまいます。というのも、二つの言語には語彙から文法までかなりの類似性があるからなのです。(一方、ゲルマン語族系のドイツ語はラテン語系のフランス語などと相容れないもので、そこには語彙レベルで強力な断絶があります。)というわけで、より大胆なことを言ってしまえば、潜在的なフランス語話者はスペイン語話者やイタリア語話者にも広がるということであり、フランスのプロダクトのグローバルな展開が非常にやりやすい所以でもあるかと思います。
フランスの長きにわたる植民地政策の影響もあり、フランス語が公用語の国家は多くあります。ヨーロッパの中だと、金融のハブとなっているルクセンブルク、EU本部のあるベルギー、国際組織の多いスイスフランス語圏など、大きなプレゼンスがあります。そのほか、カナダのケベック州をはじめとした北米大陸での受容に加え、北西アフリカ諸国にも非常に強いパイを抱えています。ぼくのフランス滞在中にも、同じ留学生の友人でコートジボワール、セネガル、アルジェリア、モロッコ、チュニジア、トーゴといった国出身の人がいました。彼らの国で優秀な人材もまた、フランスに「上京」し、ひいてはそこに定住するようになるので、日本とはまた違った社会形態がみられます。そんなわけで、フランス語からはじめること自体が北米大陸やアフリカ大陸へリーチしていく架け橋としてよく機能することは間違いないでしょう。
では実際、どんな企業が立ち上がっているのでしょうか。2022年12月現在、フランスは La French Tech施策をはじめた2013年から29個のユニコーン(未上場創業から10年以内の時価総額10億ドル以上の企業)を輩出しているようです。リストアップすると以下のような感じです。
はじめてこの情報をチェックした自分から見ても、いくつかの企業は日々の生活で馴染み深いtoCサービスであり、それらが極めて若い企業のサービスであるということは驚きでした。今回はそんな中でも最も注目すべき企業を取り上げて紹介します。
この企業のサービスは、端的にいうとクリニック・病院予約アプリです。ぼくもこのアプリを使って病院でのPCR検査の予約を行うことが頻繁にありました。病院に予約をとるプロセスがアプリ一つででき、なおかつ一番近い病院の検索や、PCR検査可能な場所のリサーチも、このアプリ一つで可能です。また、かかりつけ医とのコミュニケーションをアプリ上で行い、自分の状況を前もって知らせることができます。コロナ渦の危機的状況にあおられてサービスが普及しただろうことは間違いないのですが、なによりもtoC向けでここまで一般的に利用されている医療系アプリがあることは、日本人にとって驚きに値するでしょう。日本でも、ある程度の規制緩和と、エスタブリッシュメント側との調整が可能になれば、一元化したアプリを提供すること自体、技術的に可能でしょう。ちなみに、このLa French Tech施策によって誕生したユニコーンの中で、2022年12月時点でDoctolibはバリュエーションの一番高い企業となっており、時価総額は64億ドルです。
BlaBlaCarはフランス全域で広く親しまれている交通CtoCサービスの代表格であり、ヨーロッパで移動しようと思うと必ず選択肢に上がる媒体でもあります。(自分もヨーロッパでの旅行に利用しました。)これは簡単にいうと、Uberのシステムを模した乗り合いマッチングサービスです。たとえば、フランスのパリからベルギーのブリュッセルまで車で遠出をする予定の人が、空いている後部座席をこのサイトに売り出し、同時期にブリュッセルに行きたいと思っている人をその枠にマッチングさせています。Uberのような都市内移動サービスというよりは、むしろ広大なヨーロッパ特有の事情としてある、車を利用した隣国への移動、都市間移動にフォーカスされており、乗り合いサービスゆえに通常の交通よりも格段に安い値段で移動が可能になっています。また、BlaBlaCar社はマッチングサービスと同じ要領で自社バスを保有した同等の長距離バスサービスも行なっています。
なるだけ安い値段で移動したいと思っている僕のような学生はもちろん、地方から中心都市への移動など、(ストライキなどの理由で)交通インフラの不十分な場所で、なおかつ車を所有していない人が移動するための手段として広く使われています。
Ledgerは主にハードウェアウォレットを販売している企業として著名です。パスコードロック付きで安全なハードウェアウォレット販売している企業として有名で、世界シェアもかなりのパイを取っていると思われます。暗号資産のハードウォレット市場は今後5-6年で急成長するだろうと言われており、投資家からの期待感も高いのではないかと伺えます。
先日のFIFAワールドカップでも大活躍していたフランス代表のエース、エムバペ選手にも投資されているSorareという企業もユニコーンの一つです。前述したグランゼコールを卒業した2人のエリートが創業したこの会社は、サッカー業界の膝元でプロジェクトを開始し、現在はNFTゲームとして非常に有名なサービスを提供しています。NFTを利用したスポーツ選手のトレーディングカードゲームを行なっており、現在はサッカー選手、MLB選手、NBA選手のトレーディングカードまで枠を広げています。ただコレクション化するだけでなく、得られたカードをもとにチームを編成し、現実の試合結果などに応じてチームに勝敗が与えられ、オンライン上で上位に入るとETHの報酬を受け取れる、という点でも広くユーザーを獲得しています。Sorareは2018年に創業し、かなり早い段階からNFTゲームのサービスをローンチしています。フランス市場の歴史上でも類い稀なる圧倒的なスピードでユニコーンになった企業としても有名です。
SorareのChief of StaffであるThibaut Predhomme氏のインタビューがネットに公開されています。動画内では初期投資家として参入していたゲーム好きのAntoine Griezmann氏(彼もフランスサッカー界のヒーロー)からの影響を示唆しており、スポーツゲーム×コレクション×ブロックチェーン技術という掛け算からこのアイデアが生まれたのだと散見されます。
フランスはこの約10年間の間におそるべきスピードでユニコーン企業を作り出しています。ですが、そういった企業たちは誰によって投資されているのでしょうか。
Sorareについては、前述したサッカー選手以外にもACCELが参画しています。DoctolibにもACCELは参画しているとのこと。BlaBlaCarについてはこの記事によると、Isai(フランス)、Quadriplay Ventures(フランス)、Cabiedes & Partners(スペイン)というVCが最初期に参画しているようです。時間の都合上省略しますが、これだけを見てもフランスのベンチャーは順当にヨーロッパ内外から投資を受けていることがわかります。
フランス政府は既に5億ユーロをテック領域に、50億ユーロをディープテック領域に投資しており、2030年までの間に540億ユーロ規模の投資をベンチャー企業に行うと宣言しています。日本政府も最近になってこうした施策を提言するようになりましたが、フランスはその実行を10年早くおこなっているといえるでしょう。
他にもサーベイしたい部分がたくさんあるのですが、時間に追われているので今回はここまでといたします。次回にご期待ください。
日本はかつてからユニコーン企業の少なさを嘆かれています。過去10年のユニコーン企業数は10数社程度と言われており、今回取り上げたフランスと比べても少ないものです。
しかし、日本の市場をそのままヨーロッパと比較することは大変難しいですし、前提としてユニコーン企業が多いかどうかが市場の良さに関わるのか、といえば、そこには議論の余地があると思うので何か断定ができるわけでもないかと思います。しかし、少なくとも、フランスはヨーロッパを中心にグローバルなマーケットと繋がっている点に強みがあるというのがよくわかります。
一方、ぼく自身の実感レベルではフランスの産業の弱みも感じられます。全般的に、フランス・ラテン圏はDXの流れが遅く、最近になってやっとクレジットカードのタッチ決済が実装されたばかり、というような国です。(しかし、部分的には日本はそのフランスよりもDXが遅かったりする!)というのも、ヨーロッパは多くの基幹産業がサービス業と製造業に集中しており、IT企業がUSのように勃興しなかったことが圧倒的に尾を引いているのです。ある意味では日本と同じくIT革命の波に乗り遅れた地域であり、その回収を今急いでおこなっている国でもあるのです。(そして、その回収手段が決してITの方向に矢印が向いているわけでもありません。)
それゆえ、ぼくは、日本はUSから多くのことを学んでいますが、それだけでなくUS以外の海外からも、多くのことを学べる契機があると思っています。そんな気づきの一つにこの記事が貢献してくれたら幸いです。
以上、SVのKenでした。