自律性の明確化

※この翻訳記事は、0xlide.lensによる記事です。

1950年代にノーバート・ウィナーが提唱したサイバネティックスは、「人間の人間的な利用」を可能にするため制御工学や動的システムの理論を応用した社会科科学です。本投稿を執筆したBlockScienceはサイバネティックス領域における70年の歴史と知恵がDAOを含む暗号経済システムの全てに新しい地図を与えてくれると考え研究しまとめ上げたものです。また、彼ら自身もFilecoin(IPFS)やLido DAOなど多くのDAO Governace領域の構築や改善、分析にこれを活かしています。今回は、今後拡大するであろう日本のDAOコミュニティのためにこの記事を翻訳することにしました。

この記事は、BlockScienceによる投稿を許可を得た上で日本語に翻訳したものです。BlockScienceに感謝申し上げます。

This article is an official Japanese translation of a post by BlockScience. Thank you so much, BlockScience.

元記事(2023年1月26日):

以下、翻訳です。


「 自律性(Autonomy)」という用語は、文脈によってニュアンスの違いが発生し、しばしば私たちを混乱させる複雑な概念です。BlockScience 共同創業者 兼 最高技術責任者 Michael Zargham は、この概念を明確に定義するため、2022年4月に「自律性の明確化(原題:Disambiguating Autonomy)」というテーマで講演をしました。この講演ではThomas Swannの著書『Anarchist Cybernetics: Control and Communication in Radical Politics』を基に、「自律性」という概念を分解し、サイバネティックな社会組織を設計したり、検証したりするために汎用性のある用語として概説しました。

この投稿の目的は、「自律性」という重要かつ多面的な概念を、2つの大きなカテゴリと4つの細かいタイプに分類することで明確にすることです。また、Decentralized Autonomus Organization(DAO)などの新しい自己組織化システムの文脈を念頭に置きながら、これらの間に存在する緊張やトレードオフなどの関係性を定義することも調査しています。

Thomas Swannの著書『Anarchist Cybernetics』のChapter 5: Control Part II of Anarchist Cyberneticsにある自律性の概念をMichael ZarghamとJeff Emmettが作成した図
Thomas Swannの著書『Anarchist Cybernetics』のChapter 5: Control Part II of Anarchist Cyberneticsにある自律性の概念をMichael ZarghamとJeff Emmettが作成した図

自律性は外部の影響や支配からの自由と定義されることがよくあります。 実際は、外部の影響から完全に自由な人間やシステムはありません。したがって、この用語は、意思決定権がどこにあり、その意思決定が誰に影響を与えるのかなどに重点を置いた個人と集団の関係を探究するのに役立ちます。自律性という概念は、機能的自律性(Functional Autonomy)政治的自律性(Political Autonomy) の2つのカテゴリに分類できます。機能的自律性はシステムの内部オペレーションに関連する自律性の概念であり工学的な「自律型」システムに由来します。一方で、政治的自律性は外部の政治的影響からの自由としての自律性の概念であり、政治学に由来します。

機能的自律性は個人または組織が、その目標または業務上の機能に従って複雑性に対応するための柔軟性の度合いを指します。そのため、機能的自律性は、何かを実行するための自律性として説明されることがあります。これはサイバネティックスとシステム理論の先駆者であるWilliam Ross Ashbyが提唱した多様性の概念に関連しており、個人や集団の直接的な行動に関連しています。Thomas Swannの分析によれば機能的自律性は、目標(What)を設定する自由である 戦略的自律性(Strategic Autonomy) と目標を達成する方法(How)を選択する自由である 戦術的自律性(Tactical Autonomy) に分類されます。

これは、プリンシパルが戦略的自律性を持ち、エージェントが戦術的自律性を持つプリンシパル・エージェントの関係に類似します。したがって、組織の機能、目標、もしくは目的について考える際には、目標を定義または変更する権限と、目標を追求する際に行使できる自由度(与えられた権限)を区別することが重要です。

一方、政治的自律性は外部の個人や組織からの干渉なしに独自の意思決定を行う権限を指し、外部の力からの自律性と見なされることがあります。しかし、自律的な組織(Autonomus Organization)であっても、多様な好みを持つ構成員で成り立っている可能性があり、グループ内でも「部外者」のように感じられるため、混乱を招くことがあります。そのため、個人や集団などのアクター間の関係、およびそれらの境界、制約、自由度を把握しながら、自律性について論じるのが一般的なアプローチです。また、個人と個人での関係や組織と組織の関係など同じスケールでの関係は比較的理解しやすいです。例えば、未成年者は大人へなるとき、親から自律性を獲得します。また、植民地が独立を宣言するとき、彼らは支配国からの自律を要求します。

暗号経済システムの基礎(過去のBlockScienceの論文)で議論されてるように、創発的で自己組織的な暗号経済システムにおいて、異なるスケール間の影響を捉えるためにマルチスケールの視点を持つことが必要です。政治的自律性を構成してる 個人的自律性(Individual Autonomy)集団的自律性(Collective Autonomy) の概念は、相互関係を持つスケール同士(組織から個人、個人から組織)の間やそれらの各々のトレードオフを把握し説明するのに役立ちます。組織は個人の選択(例えば、グループ内でルールやプロセスを設定すること)に制約を設けているため、組織の一員としてのある個人は個人的自律性の低下を受け入れています。個人的自律性によって個人が失ったものは、機能的自律性が増加することで解消することもあります。また、個人ではできない行動が集団においては可能になるかもしれません。集団が独自の決められたプロセス - 機能的自律性 - に従って、どのように行動するかの自由度を持っているとき、その集団のメンバーは集団的自律性を保有しています。

集団で共有された目的に向かっていくために個人のグループ内で調整を行うことは、個人的自律性と集団的自律性との間に緊張関係が保たれる必要があります。また、調整を行なっている個人たちは組織の一部と言えます。「分散型」組織の場合、公開的なパターンは、集団的自律性と戦略的自律性を関連付けること(集団が目標、方針、最初の社会契約もしくは憲法などを決定すること)、もしくは個人的自律性と戦術的自律性を関連付けること(個人が組織によって設定された制約でどのように目標を達成するか決定すること)です。

次の章では、Thomas Swannの研究に基づき、機能的自律性を構成するタイプである戦略的自律性と戦術的自律性との違いをもっと詳しく説明します。

政治的自律性と機能的自律性の関係

戦略的自律性と戦術的自律性の違いを理解するのに最もわかりやすい例は、自律走行車(Autonomus Car)です。「自律」走行車は、環境に基づいて自律的な判断を行い運転をするため戦術的自律性を有しています。しかし、車は目的地を決めることはできません(もしくはすべきではありません)。目的地は自律走行車ではなく利用者が決定するので、利用者が戦略的自律性を有します。

サイバネティクス組織の文脈では、戦略的自律性は、組織の軸となる目標を設定し、目標が達成されているかどうかの測定値や指標を成果評価指標、KPI、予算編成、報酬、方針決定を通じて決定することができます。

組織の方針とルールの設定にはスマートコントラクトなどのソフトウェアに明示されたプロセスが含まれますが、これに限定されるものではありません。また、DAOの文脈では、組織はグループとして資源分配、アルゴリズムの方針、独自トークンの金融政策に関するパラメータ設定などの重要な決定を行うために、集団的自律性を行使します。

一度、集団によって組織の目標を確立すると、組織のメンバーは設定された制約内で行動する自由と戦術的自律性をも有しています。すなわち、自分たちの好みに応じてグループレベルの目標を追求する裁量権です。また、設定された予算や報酬、成果評価指標、ルール(その中にはアルゴリズムによって実行されるものもあります)を守る限り、メンバーは個人的な自律性を有します。組織は短期的にはメンバーに対し制約内で行動することを強いるが、組織は長期的にはメンバーの行動に対し制約の適応を可能とするメカニズムの採用をすることもできます。

集団レベルでの意思決定を行う集団的自律性を行使することはガバナンスであり、目標を達成するための個人的自律性はオペレーションを指します。ガバナンスはあってもオペレーションがない組織は、楽しいかもしれないが、成果を上げることはできない。ガバナンスはゆっくり進化する傾向があり、メンバーが明確な期待に答える必要があるのに対して、オペレーションは環境の変化に適応するために迅速に動きます。オペレーションを持ちながら明確なガバナンス構造を持たない組織は、非公式で無自覚かつ無責任である暗黙のガバナンス構造(フェミニストの文献やWeb3の一部で 構造なき専制 として知られているもの)に陥ります。または、そのような組織ではメンバーの関心が一時的でな場合、解散する傾向があります。したがって、ガバナンスがあってもオペレーションがない組織は、楽しいソーシャルクラブのようにはなれるが、目標を設定し達成することが難しく何も成し遂げません。コミュニティ規模の「安楽椅子の哲学者」になる可能性が高いです。

DAOの場合、戦略的自律性がメンバーに対し平等に確保されているわけではないことは注目に値します。例えば、ルールが設定された後に参加したり、変更プロセスに直接参加するアクセス権や権利をまだ持っていない場合があります。組織によっては集団の意思決定に関する包括性のレベルが異なったり、アクセスの階層が異なる場合もあります。これについてより知るには、組織のガバナンス評価に関したLido DAOの例で学ぶことができます。ここでは、コードや戦略的自律性を介してコアルールを変更することができるDAOへの「root」アクセス権を持っているメンバーもいれば、戦術的自律性のみを維持しているメンバーもいます。結論を言うと、一つの型があらゆる組織の構成に合うわけではありません。組織が果たそうとしている特定の機能によって、どのようなガバナンスの形態をとれば意味を成すかが決められます。つまり、『An Analysis of Wildland’s “User Defined Organization” Concept』で議論されていた「言い換えると、組織の形態は機能に従う」ということです。

分散型システムにおけるガバナンス研究へのサイバネティックスの応用

暗号経済学トークンエンジニアリングといった新興分野においてDecentralized Autonomus Organization(DAO)の概念は、漠然とした方法で「自律性(Autonomy)」を呼び起こします。説明された自律性の異なるタイプと機能を認識することによって、政治的な次元と機能的な次元、およびグループレベルと個人レベルの次元を横断して自律性を曖昧にすることは、組織構造における重要なトレードオフをナビゲートするために必要な言語を提供します。すなわち、ガバナンスとオペレーションを区別するという特別な注意を払います。

DAOはWeb3における新しい概念であり、自律性がどのような次元でどのように表現されるかはまだ研究中ですが、1940年代に確立された分野が、これらの複雑なシステムを見るための貴重なレンズを提供してくれる。サイバネティクスは、「自己組織化を通じた目的主導型のシステムによって特徴づけられる、グループレベルと個人レベルのプロセス間の相互作用」(ZarghamとNabben、2022年)に関係する制御理論と力学的システムの応用社会科学です。これは、ルールの構築を通じてメカニズムや制度をどのように設計するかを推論するのに有用な分野です。また、BlockScienceによって、プログラムのメカニズム設計や、新たな自己組織化システムのガバナンスの研究開発において応用されています。

私たちの学術論文「Aligning the Concept of Decentralized Autonomous Organization with Precedents in Cybernetics」記事「Applying Stafford Beer’s Viable System Model (VSM) to Decentralized Organization」では、オペレーションの効率性と政治における権力の集中との(目的に対する)バランスについて調べました。私たちは様々な規模を検討し、分散型の自己組織化様式の目標は、オペレーション上の自律性(機能的自律性)とグループレベルの政治的自律性(集団的自律性)であると判断しました。ここでは、Thomas Swann著『Anarchist Cybernetics: Control and Communication in Radical Politics』から引用して、2つのカテゴリーを説明し、さらにDAOのような複雑なシステムの設計と検証において、より正確で深いものをサポートするために、4つのタイプの自律性とその関係的側面を概説しました。

戦術的自律性、戦略的自律性、個人的自律性、集団的自律性、それらがどのようにサイバネティックスの既存の文献と関連するか、それらがDAOにおいてどのように豹変されるのか検討することによって、健全で強靱な社会技術システムの設計と検証のための効果的な対話を促進することを目指します。そうすることで、トピックの深さを認識し、制度とそのルール構築を設計・分析する際に存在する関係的側面とトレードオフを理解することができます。

私たちは、この分野での研究を継続し、私たちの研究から得られた応用的な学びを文書化、共有し、第一線の専門家と協力して、このような新しく出現しつつある分野での対話の場を広げ、システムの設計と分析を改善し続けることを楽しみにしています。

Michael Zargham, Jessica Zartler, Kelsie Nabben, Rika Goldberg, Jeff Emmettによって執筆された記事。この研究を形成するのに役立ったThomas Swannの本「Anarchist Cybernetics」に特別な感謝をし、Eric Alstonのアイディアと引用に感謝します。

推奨される引用:Zargham, M., Zartler, J., Nabben, K., Goldberg, R., Emmett, J., 2023. “Disambiguating Autonomy: Ceding Control in favor of Coordination in Cybernetic Organizing”. BlockScience Medium (blog)

利用可能なオンライン:https://medium.com/block-science/disambiguating-autonomy-ca84ac87a0bf


BlockScienceについて

BlockScienceは複雑システム工学、研究開発、分析の会社です。私たちの目標は、学術レベルの研究と高度な数理・計算工学を組み合わせて、安全で強靭な社会技術システムを設計することです。営利、非営利、学術、政府機関など幅広いクライアントにエンジニアリング、設計、分析サービスを提供し、オープンソースの研究やソフトウェア開発に貢献しています。

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