バーFRB副議長の懸念 - ステーブルコインは中央銀行の信認を毀損するか

先週のフィラデルフィア連銀主催のフィンテックカンファレンスで、米連邦準備制度(FRB)副議長のマイケル・バー氏がステーブルコインに言及しました。大枠としては連邦レベルでステーブルコインを効果的に規制する枠組みがないことに危機感を示したもので、分量はPDF版にしてA4紙ほぼ1枚分に相当します。現在主流となっているタイプのステーブルコインに対する見方が示されたため、その内容を見ていきます。

日本語ではロイター通信とブルームバーグ通信が先に報じています。

講演の書き起こしはこちら

中央銀行の威を借るステーブルコイン?

(当該部分まで略)

One innovation that crosses both payments provision and bank safety and soundness issues is stablecoins, which can also be described as digital tokens that aim to maintain a stable value relative to a government-issued currency, such as the U.S. dollar. When an asset is pegged to a government-issued currency, it is a form of private money.

決済システムと銀行機能の安定の両方に関わってくるイノベーションがステーブルコインであり、プライベートマネーの一種(ここではドルを基底とする電子マネーという意味か)に当たると。

When that asset is also used as a means of payment and a store of value, it borrows the trust of the central bank. So, the Federal Reserve has a strong interest in ensuring that any stablecoin offerings operate within an appropriate federal prudential oversight framework, so they do not threaten financial stability or payments system integrity.

価値の交換(決済)や価値貯蔵に使われるとき、こうしたステーブルコインは中央銀行の信用を借りているのだと説明しています。だからこそ、連邦政府が(自らの信用が揺らぐことがないよう)、システムを脅かさないように適切な監督を行わなければならないと。

「ステーブルコインは中央銀行の信用を借りている」というのは面白い表現です。先週少し話題になった「サトシナカモトの理想」とは真逆ですが、ステーブルコインの需要はまさにドルという通貨が持つ安定した価値から生じていると考えられるので、言い得て妙といったところでしょう。

ところで、連邦政府は現時点でUSDCのようなステーブルコインに対して監督権限を持っていません。日本の金融庁が外部の法律事務所に委託して行った調査によると、Circle社はほとんどの州の銀行局の ”Money Transmitter” ライセンスを取得しているものの、連邦レベルでステーブルコイン発行者に発行されるライセンスは存在しません。BUSDを発行するPaxos社についても、法的にはニューヨーク州金融サービス局(NYDFS)の認可を受けて発行しているとされています。

そういう状況下にあって、

To provide clarity for banks interested in engaging with these assets, we recently issued guidance on the process by which a Fed-supervised bank can seek to obtain a supervisory non-objection before issuing, holding, or transacting in "dollar tokens." As the Board of Governors announced in January, before those banks engage in these activities, they are advised to obtain a written supervisory non-objection from the Fed verifying that they have appropriate risk management and systems in place to identify and control potential risks, such as those related to cybersecurity and compliance with anti-money-laundering laws.

FRBは監督権限を持つ国法銀行に対しては”dollar token”(つまりステーブルコイン)を発行・流通させる際に事前にFRBの審査を受け、おそらく法的な効力はないと思われるものの、スキームに違法性や不適切性がないことを示すノーアクションレターのようなものを得るべきだと指導しているといいます。そういえば先日、JP Morganが新たに決済用デジタル通貨トークンの発行に動いているとの報道がありましたが、その中で

> 資産規模で米最大の銀行であるJPモルガンは、新たな決済方式の運営に必要な基盤インフラの大半を開発したが、同プロジェクトが米国の規制当局に承認されない限り、トークンを作成することはない。

という言及がありました。この規制当局の承認というのは順当に行けば監督者であるFRBということになるでしょう。

ノンバンクを規制せよ

The guidance only covers the activities of the banks over which we have supervisory authority. But there are big risks when the Federal Reserve does not have direct supervisory and regulatory authority. I remain deeply concerned about stablecoin issuance without strong federal oversight.

とはいえ、銀行は将来ステーブルコインのメインプレイヤーになる可能性があるものの、現時点では実際の取り組みという意味でも、流通高でも彼らは主役とはいえません。今この瞬間、最も勢いがあり、FRBが最も恐れているのはそのFRBの手が届かないところ、ノンバンクの発行体です。「強力な連邦レベルの監督なしに行われるステーブルコインの発行を深く懸念する」とまで述べています。

As I mentioned earlier, stablecoins are a form of money, and the ultimate source of credibility in money is the central bank. If non-federally regulated stablecoins were to become a widespread means of payment and store of value, they could pose significant risks to financial stability, monetary policy, and the U.S. payments system.

金融安定、金融政策、米国の決済システムに重大なリスクをもたらし得ると。FRBが実際にどのような事例を想定しているのかは文面から想像するしかありません。一例を挙げると、ステーブルコインが日常決済で現在より幅広く使われるようになった(民間レベルだとVisaやShopifyが直近で取り組んでいる)り、ノンバンク間の資金移動をステーブルコインが媒介したりといった未来が実現した後で突然このステーブルコインが破綻すると、金融システム自体が麻痺するほか国民が広く資金を失うこととなり、その時点でステーブルコインと実質的な同質のものと見なされている(ステーブルコインは中央銀行の信用を借りている)であろうドルに対する信認も毀損するといった事態が考えられます。

ステーブルコインそれ自体に関連するものではありませんが、発行体が金融システムに対してイレギュラーな影響を及ぼし始めている兆候は既に現れています。今年3月に破綻したシリコンバレー・バンクの破綻時点での最大の預金者は33億ドルを預け入れていたCircle社だったことが明らかになっています。Circle社は結局破綻前に資金を退避させられませんでしたが、この資金が丸ごと引き出されればSVBの破綻がさらに数時間から数日早まっていたとも考えられます。

SVBの破綻をきっかけにデジタル化時代における預金の足の速さ、SNSを通じた情報の拡散が改めて注目されましたが、重要な情報がTwitter上で常に流れるブロックチェーンコミュニティはいわゆる「テック」コミュニティと同等以上に情報速度が速くなっています。危機下でUSDCの償還請求があればCircle社は信認を維持するため応じざるを得ず、銀行預金の引き出しに動くため、取り付けを加速させる効果を持つと言えるでしょう。その性質を持つ発行体を規制もないまま他の預金者と同じ扱いにして本当に問題ないのかというのも論点になります。(Circle社の準備資産は特例措置によって全額FDICに保護されました。)

It is important to get the legislative and regulatory framework right before significant risks emerge.

だからこそ、そうしたsignificantなリスクが顕在化する前に規制を行う権限を得る必要がある、という主張です。

We appreciate the work Congress has been doing on this important issue and look forward to further engagement to ensure that there is a robust federal framework for all stablecoins.

そのために今進んでいるのが議会での審議で、本命のClarity for Payment Stablecoins Actは7月末には下院の金融サービス委員会で可決されています。とはいえこの法案も民主・共和両党の見解の対立の影響もあって成立まで持っていけるかは不透明で、Bloomberg Intelligenceのアナリストは成立可能性を60%と推定しています。FRBとしては一刻も早く規制権限が欲しいところだと思われ、正直このパラグラフは議会を急かしているように見えます。

(後略)


という文章だったわけですが、この講演自体はFedNowなどの新世代の決済システム、CBDCなどステーブルコイン以外の分野にも触れており、その中であえてFRBが直接の監督権限を持っていないステーブルコインに言及したことに、当局がこの分野に抱いている危機感を感じます。

また、通貨当局が最初にいわゆるデジタル通貨に対する警戒を露わにしたのは2019年のFacebookによるLibra構想だと思っています。Libraはドル、ユーロ、円など様々な法定通貨をバスケットにして独自の価格システムを構築すると謳っていました。紆余曲折を経てLibra構想が立ち消えになった後も、当局が管理できず、金融政策の効力を減衰させる可能性がある独自の通貨というアイデアは常に警戒の対象となってきました。EUが成立させた暗号資産市場法(MiCA)もこれを見据えて法定通貨バスケット型デジタル通貨を規制対象としています。

当局がデジタル通貨について語る時の切り口は大抵この「当局が管理できず、金融政策の効力を減衰させる」という方向性だったように思いますが、ここへ来て完全にドル等の法定通貨に連動する形で設計された、USDCやUSDTなど現に存在しているステーブルコインを念頭に「法定通貨に連動するコインが崩壊することで中央銀行の信認が毀損しかねない」という議論が出始めたことは、現行のモデルのステーブルコインがもはや静観していられないほど大きくなってきたことの表れなのではないでしょうか。「デジタル通貨」の規制を論じる時、もはやLibraの影を追うのではなく、USDCなどのステーブルコインをどう監督するかという話が出てくることも増えてくると考えます。

今後の動きを見通す上では審議が進むClarity for Payment Stablecoins Actとその論点を洗い出しておくのがいいかと思います。(宿題)


サムネイル https://x.com/philadelphiafed/status/1700173604300677300?s=20

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