「反脆弱性(Anti-Fragile)」とは、攻撃を受ければ受けるほど頑丈になるという性質であり、数学者、哲学者であり、元金融トレーダーとしての経験を持つNassim Nicholas Taleb氏によって提唱された概念です。この言葉は脆い性質を表す「脆弱性(Fragile)」と反対の意味を持つように思われるかもしれませんが、脆弱性の反対語は「頑強さ(Robust)」を指し示すので注意が必要です。これらの概念の例として、以下のようなものが一般的に考えられます。脆弱性の例としては「ガラス」「壁」、頑強さの例としては「インターネット」「市場」が挙げられます。そして、反脆弱性の例としては「免疫システム」「ウイルス」となります。
過去にソーラーパンク(Solarpunk)に関する投稿を扱いましたが、ソーラーパンクはクリプトの元来のコンセプトである暗号化、プライバシー、匿名といった内容は含まれておらず楽観主義的な性質のため脆弱性が伴うと考えられることがあります。その脆弱性を克服し、反脆弱性としての性質を持たせるために、ソーラーパンクから派生して生まれた「ルナパンク(Lunarpunk)」というコンセプトがあります。ルナパンクは、ソーラーパンクのコンセプトに暗号化技術を加えることによって、ソーラーパンクが内包している脆弱性を補完し、反脆弱性となることを目指します。
今回は、一見ソーラーパンクと対比するように見えるかもしれないルナパンクは、ソーラーパンクと相互補完し合う関係であることを述べているこの記事を翻訳することにしました。ルナパンクにしてもソーラーパンクにしても、我々が何を目指しているのかの青写真をイメージすることで、目の前にある技術やイデオロギーに対してより明瞭に目を向けることができるでしょう。
この記事は、Rachel氏による投稿を許可を得た上で日本語に翻訳したものです。Rachel氏に感謝申し上げます。
This article is an official Japanese translation of a post by Rachel. Thank you so much, Rachel.
元記事(2022年11月2日):
以下、翻訳です。
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SFは空想的な運動です。可能性のある未来を推測することで、SFはその可能性を広げます。クリプトは未来のビジョンを提供するだけでなく、その未来を実現するためのツールを提供するという点で、SFの極致と言えます。
クリプトは現在、ソーラーパンクと呼ばれるSFに活気を帯びています。サイバーパンクから進化したソーラーパンクは、楽観主義を特徴とするユートピア的な未来像です。ソーラーパンクにとって、未来は明るいです。ソーラーパンクはサイバーパンクのディストピアの影を投げ捨て、混沌とした地平線の先にある世界を照らし出します。
Ethereumでは、ソーラーパンクのハッカーたちが、公共財に資金を供給するための透明性のあるインフラを構築しています。分散化と透明性が、より公平で公正な世界をもたらすというのが、ここでの想像です。Web3は人類のために新しい道を切り開き、古い制度は必然的にそれに従うことになります。
ソーラーパンクはクリプトの意識的なマインドです。それは明るく、自信に満ちており、未来志向です。しかし、ソーラーパンクの信仰と対をなすのが、ルナパンクの懐疑主義です。ルナパンクは、太陽の影そのものです。つまり、このサイクルの無意識の存在です。「ソーラーパンクがDAOに参加する」(Dylan-Ennis)としている一方で、ルナパンクは戦争の準備をし、コミュニティを守るためにプライバシーを強化したツールを構築しています。
ルナパンクは当初、ソーラーパンクのサブセットとして誕生しました。Ethereumが提供する平文パラダイムよりも、常に暗号化を好んできました。時が経つにつれ、ソーラーパンクの傾向から生まれる緊張感は増すばかりでした。ルナパンクはソーラーパンクのレガシーから脱却し、独自の主張をすることを余儀なくされてきました。
ルナパンクの想像では、クリプトと既存の権力構造との対立は事前に組み込まれたものが基本です。規制によりクリプトは隠れることを強いられます。そのため匿名者が急増します。秘密裏に過激化したクリプト派が新たな民主主義社会を作り上げるのです。
この対立はソーラーパンクの心理では抑圧されています。月のサイクルは弱気な悪夢として拒絶されます。その基礎となる対立、つまり国民国家によるクリプト禁止は、人々がお金を掴んで逃げ出さざるを得ないようなタイプの恐怖を生み出すため、FUDと呼ばれています。
スーパーサイクルが進むにつれて、ソーラーパンクの抑圧は強まっています。ソーラーパンクの楽観主義はブルマーケットのサイクルと同義となる一方で、悲観主義はベアマーケットと関連付けられています。ルナパンクは、この単純な揺らぎを超えた何かを提供します。それは、市場サイクルの間における洞察の瞬間であり、ソースコードが輝いているホログラムの故障なのです。
脆弱とは衝撃を受けると壊れるものであり、反脆弱とは衝撃を吸収して強くなるものです。
脆弱性が凹であるのに対して、反脆弱性の行く末は凸のカーブとなります。
クリプトの反脆弱性は繰り返し強調されてきました。しかし、クリプトは今日、脆弱性のスペクトルの中に存在しています。クリプトの回復力の大きさは、十分な外圧がかかったときにのみ実証されます。クリプトの防御力が維持されるなら、凸性がクリプトの運命です。そうでない場合は、凹型の底へ向かう競争となるでしょう。
次のように考えましょう。クリプトのコアとなる技術革新は、(同じ割合で)攻撃対象領域を分散させながらユーザーを強化するという二面性を持っています。ユーザーのエンパワーメントと脆弱性と負の相関があり、ユーザー母体のエンパワーメントが進むほど、ネットワークはより反脆弱になります。
ユーザーエンパワーメントとシステムの反脆弱性は、互いにポジティブフィードバックの中にあります。しかし、このサイクルは逆でも成立します。透明性の高いシステムでは、ユーザーが野晒しにされています。もし外部環境が敵対的になれば、この情報はユーザーに対する武器になる可能性があります。迫害に直面したユーザーはオプトアウトし、脆弱性への転落を引き起こします。
ソーラーパンクの考え方は、本質的に楽観的です。ソーラーパンクのシステムにおける透明性は、外側に投影された楽観主義の精神です。透明性のあるシステムを構築することで、法律が私に敵対することはないと私は信じている、とソーラーパンクは主張します。楽観主義にこだわるあまり、最悪の事態に備えることができなくなります。これがソーラーパンクの脆弱性の核心です。
Talebの反脆弱性に関するテーゼは、不可知性(unknowability)に根ざしています。Talebによれば、未来は暗黒であり、意味のある確実性をもって予測することはできないとのことです。この暗闇を利用する能力から、オプショナリティを「反脆弱性の武器」と表現しています。オプショナリティは、自分の予言がほとんどの場合間違っていることを前提にしています。間違っていることはチープになる一方で、当たっていることは不釣り合いなほど報われます。
ルナパンクは、最悪のシナリオを想定しているため、オプショナリティを取り入れています。ルナパンクの理論が間違っていれば、スーパーサイクルは継続します。それが正しければ、クリプトは適切な防御策で武装して次の段階に進みます。防御が万全であるということは、暗号技術を使ってユーザーの身元や行動を保護するという暗黒の世界に入ることを意味します。これがルナパンクの凸の基礎となります。
ソーラーパンクの未来では、ユーザーは迫害に直面すると逃げ出します。しかし、ルナパンクはユーザーを保護することができます。ダーク・ネットワークの参加者は、もっともらしい否認権を持っています。規制の変更は彼らに影響を与えません。規制の取り締まりによってユーザーがネットワークから離れる唯一の理由は、彼らが自発的にそうする場合だけです。
クリプトの反脆弱性は、匿名性が迫害と結びついたときにのみ発揮されます。しかし、クリプトが真に反脆弱であるためには、規制の猛攻に耐えるだけでは不十分です。攻撃を受けてもなお、繁栄しなければならないのです。ルナパンクは、匿名性によって激化する紛争がクリプトを強化し、攻撃者の減少に伴い指数関数的に強化されると考えています。
匿名性は、まず集団監視への応用として強制的に生み出されます。しかし、その存在はまた、監視の努力をさらに正当化します。これは、匿名性と監視がエスカレートする運命にあることを意味するポジティブフィードバック・ループです。
監視によって定義されたパラダイムにおいて、暗号の匿名性はそれを異質なものにしています。このループが長く続くと、ルナパンクの凸性における次の段階、つまり私が規制の罠と呼ぶ段階を引き起こします。この段階では、攻撃者は匿名性の高まりをスケープゴートとして利用し、クリプトに対して最大限の力を発揮します。
しかし、クリプトを取り締まることで、敵対勢力はクリプトをさらに正当化するだけです。暗号の有用性は、取り締まりの程度と相関しており、打撃を受けるたびに不均衡に拡大していきます。反脆弱性です。
規制の罠により、クリプトは地下に潜らざるを得ません。これには様々な結果が伴います。
匿名性は、クリプトの政治的意識の触媒となります。規制の取り締まり後、クリプトとフィアットの世界はより明確に区別されるようになります。この分離を確立することによってのみ、クリプトはその価値を反映した新しい世界を構築することができます。
匿名性は、クリプトがイデオロギーを主張する方法です。イデオロギーの考え方を進化させることによって、クリプトは全く新しいデザイン空間を探索することができます。イデオロギーと未来のビジョンを支持することは、パラダイムシフトの鍵となる原動力でもあります。匿名性は、クリプトの自己決定を可能にするのです。
戦争中のクリプトは、硬直したクリプトです。敵対勢力との妥協を厭わない派閥は、権力機構に溶け込むか、排除されることになるでしょう。これは、倫理的に妥協したプロジェクトの絶滅イベントのようなものです。やがて、その最もイデオロギー的な要素を正当化することで、クリプトに力を与えることになります。
残るのは、クリプト・アナーキストの目的である「デジタル・パラレル・ソサエティの確立」を達成するために強化されたコミュニティです。
クリプトは、悪いインセンティブ・デザインの死体で散乱しています。レガシー・プライバシー・コインほど、そのようなものが密集しているところはありません。これらのコインは、貧弱なコインの流通とインフレ政策のマスタークラスです。その結果、プライバシー・プロジェクトの真の価値はもっと高くなる可能性があるのです。
プライバシー・プログラマーの新しい波は、金融工学に慣れてきています。このように、ルナパンクの凸の最終段階は経済的なものです。月面居住は、フィアットのパラダイムを自発的に拒否する人たちによってのみアクセス可能です。匿名の地球外空間は、無人の地を踏破するのに十分なイデオロギーを持った人々に、一種の革命的な収穫をもたらすのです。
太陽は自然の象徴であり、専制政治の象徴でもあります。透明性とアイデンティティを主張することで、ソーラーパンクはその中心的なシンボルの二重の特性を受け継いでいます。ソーラーパンクのシステムは砂漠のような風景で、ユーザーは危機に瀕し、野晒しにされています。
ルナパンクはむしろ森に似ています。暗号化の緻密なカバーは部族を保護し、迫害された人々に聖域を提供します。木立は重要な防衛線となります。月の風景は暗いですが、そこには生命があふれています。
月のテクノロジーは、人々の自由のために、彼ら自身によって所有され、運営されています。月の居住地は、違いが育まれ、保護される聖域です。月のサイクルは、権威主義的な技術に対して民主的な技術、監視に対して自由、単一文化に対して多様性を支持します。
ルナパンクは、自由は支配という論理の外側にしか見いだせないと信じています。これは、月の社会が現在のパラダイムから完全に切り離されなければならないことを意味します。このように、ルナパンクの未来は、ソーラーパンクが避けようとする対立から誕生します。
このソーラーパンクの抑圧こそが弱点です。もしソーラーパンクがそこから脱却することを望んでいる抑圧をすでに統合してしまっているのであれば、ソーラーパンクが映し出すビジョンを構築することはできません。そのシステムにおいて透明性を支持することによって、ソーラーパンクは悲劇的にその運命を設計しているのです。権威主義のメカニズムである監視は、ソーラーパンクの運命と結びついているのです。
ソーラーパンクが成功するためには、ルナパンクの無意識を統合する必要があるのです。ソーラーパンクの唯一の希望は、闇に包まれることです。