このGreenPill Jaranのニュースレターでは、基本的に「公共財(public goods)」に焦点を当てることがあります。実際、過去に取り上げたQF(Quadratic Funding)も公共財への資金提供の新しいメカニズムとして考案されたものです。しかし、この界隈では公共財という言葉の意味が適切に理解されなかったり、なぜ公共財が議論の中心にあったりするのかの共通理解がないまま議論が行われる場面をたびたび見かけます。今回は、公共財の基本的な情報についてまとめていきたいと思います。
公共財の話をする前に、財の分類について触れる必要があります。財は「非競合性」と「非排除性」の2つの軸から4タイプに分類がされます。
公共財は、経済学上の定義では、非競合性と非排除性の両方の性質を持つ財と定義されます。しかし、場合によっては、排除性と競合性の性質を持つ財を「私有財」として、それ以外の財をまとめて公共財と言うこともあります。その場合は、公共財を「純粋公共財」と呼び、非排除性と競合性の性質を持つ財(コモン財/コモンプール財)と排除性と非競合性の性質を持つ財(クラブ財)をまとめて「準公共財」と呼ぶこともあります。この投稿でも、GreenPill Japanから公開している他の記事でも「公共財」と呼ぶときは非競合性と非排除性の性質を合わせ持つ純粋公共財を指すことが多いです。公共財という言葉をみた時は、非排除性と非競合性という観点から考えるとより鮮明に把握ができると考えます。
公共財の構成要素であり、財の分類の基準になっている非競合性と非排除性について見ていきましょう。
非競合性とは、「ある人がその財を消費しても他の人がその財を消費できる量は減らない」ということです。私たちの身の回りにあるいわゆる通常の財においては、この性質を満たしません。例えば、リンゴを自分が食べれば、他人が消費できるリンゴの量は自分が食べた分だけ減ってしまいます。そのため、食料に関しては非競合性を満たしていないと言えます。一方で、オンラインストリーミングサービスに関しては非競合性の性質を満たしていると言えます。自分がオンライン上のコンテンツを視聴したからと言って、他の人が見ることができる放送の量は変わりません。
非排除性とは「特定の消費者を消費から排除することが困難である」ということです。オンラインストリーミングサービスにおいて、利用料を払った場合のみ視聴ができることが多いため、利用料を支払わない消費者を視聴から排除することができます。そのため、いわゆるサブスクリプションサービスや有料公園など一見公共性のあるようなものであったとしても排除性を含んでいるため公共財とは言いません。一方で、国防に関しては「敵が攻めてきてもあなたの家だけは守りません」ということは中々できないでしょう。つまり、国防に関しては非排除性を満たすとされています。
非競合性と非排除性を満たす公共財の例としては、国防の他に外交、空気、景観、公園、道路などがあります。しかし、一見公共性の高い財やサービスであったとしても経済学上の公共財の定義に基づいた場合、例え公共性が高いと認識されやすい場合であったとしても公共財の定義には含まれないことがありますので注意が必要です。例えば、老人介護サービスは扱っている内容として公共性が高いと一般に認識されるため公共財と捉えられるかもしれませんが、排除性を含んだ場合(利用料を設けた場合)、純粋な公共財とは言えないでしょう。
公共財は非競合性と非排除性を有する性質を持っているが故に市場のメカニズムだけでは適切に供給できないとされています。公共財を作るために誰かがお金を払ったとしても、一度できてしまえば、誰がいくら払ったのかとは関係なく、誰でも等しくその財を消費することができるというフリーライダー問題が生じるため、結果的に公共財の供給が過小になるとされており、公共財の持続的な供給が課題となっています。通常では、市場に代わって政府が介入をすることで税金や公的資金を用いて公共財を持続的に供給をしようとしています。もし、市場のメカニズムに委ねようとした場合、「自分の消費する分は自分でお金を払ってください」という利用料を設けることによって可能になるため公共性が高いとしても公共財としての供給にはなりません。
ここまで公共財の概要について述べてきましたが、なぜブロックチェーン界隈では公共財の議論がなされることが多いのでしょうか。それには主に2つの側面があるのではないかと考えます。1つはブロックチェーンを中心としたエコシステムではオープンソースやパーミッションレスといった性質を重要視しているため、公共財に関する議論が再燃したとされています。そのためブロックチェーン界隈の開発者は商業的な成功だけではなく、公共性に焦点を当てたプロジェクトが多く散見されるのではないでしょうか。もう1点としては、ブロックチェーンやブロックチェーンを用いたサービスの開発ができるスマートコントラクトが従来課題とされていた人間同士のコーディネーションの問題を解決するツールとして期待されている見方があります。従来であれば、コミュニティによる財の管理はコモンズの悲劇に至るためうまく作用しないと考えられていたため、自治先述の通り市場メカニズムによって供給されるか市場の代わりに政府によって供給されるかのどちらかであるとされていました。しかし、ブロックチェーンやスマートコントラクトいった技術は、プログラマブルであったり、インセンティブの調整が可能であったり、ボーダーレスであるといった性質を有しているためこれらの要素を用いて人間同士の行動をコーディネーションすることによって、従来の市場や政府による供給とは違った形で公共財の供給ができるのでないという動きが現れたと考えます。例えば、公共財へ資金提供を行う手段としてQuadratic Funding(QF)を用いた寄付のプラットフォームであったり、DAOによって資金を管理して再分配を行ったり、トークンやNFTを用いたメンバーシップの管理はそのような動きの一環と考えられます。これらの取り組みは、フリーライダー問題の解消やコモンズの悲劇をもたらす人間に行動の調整を実現しうると期待されているため、しばしばブロックチェーン界隈では公共財の議論がなされると考えています。
今回は一般論として経済学上での公共財の定義といった概要を述べつつ、ブロックチェーン界隈で公共財の議論がなされる側面についての考えを述べました。ブロックチェーン技術は、公共財の持続的な供給において新しい道を開拓し得るポテンシャルがあると感じています。今後も公共財とブロックチェーンを絡めたトピックを扱っていきたいと思います。
神取道宏『ミクロ経済学の力』日本評論社, 2014.