公共財への資金提供の方法として、Prospectiveな資金提供とRetrospectiveな資金提供の方法があります。しかし、前者の場合、プロジェクトがどのくらいの影響を与えるのかやそもそもプロジェクトが存続できるのかなど不明確な要素が大きいため提供された資金が有効に活用されない可能性があります。一方、後者の場合は過去の実績に対して資金提供をするので、資金を無駄にすることが比較的小さい仕組みになります。しかし、プロジェクト側は実績を積み上げるまでの期間の資金繰りが困難な状況になりますので、一長一短であると言えます。
今回は、このような状況を解決し得るソリューションである「ハイパーサート(Hypercerts)」に関する内容について翻訳することにしました。Hypercertsについては、以下で詳しく記述されていますが、個人的には適切なインパクトの測定が可能な場合において、インパクト評価によってProspectiveな資金提供とRetrospectiveな資金提供の両立がなされたことが革新的なポイントであると考えます。特に、Retrospectiveな資金提供の仕組みにとって強力な後押しとなるでしょう。
翻訳のレビューをしていただいたCode for Japan関さんからのコメント
ハイパーサーツは不特定多数のメンバーが貢献してくれているシビックテックのプロジェクトに向いていそうで、私達も活用を検討中です。関治之 / Code for Japan
この記事は、Protocol Labsによる投稿を許可を得た上で日本語に翻訳したものです。Protocol Labsに感謝申し上げます。また、この翻訳のレビューやコメントをしていただいたPlurality Tokyoチームの関さん、Akinoriさん、濱田さん、Rickさんにも感謝いたします。
This article is an official Japanese translation of a post by Protocol Labs. Thank you so much, Protocol Labs. Also, special thanks to Plurality Tokyo team who has reviewed and commented on this translation: Hal Seki, Akinori, Hiroaki, and Rick.
元記事(2022年8月24日):
*レトロアクティブ・パブリックグッズ・ファンディング:将来に何が役に立つかよりも、過去に何が役に立ったかという合意に基づいて公共財(パブリックグッズ)に対して資金を提供する(ファンディングする)仕組みです。より詳細については、こちらを参照ください。
以下、翻訳です。
インパクト証明書は私たちのカンファレンス・シリーズであるFunding the CommonsやGitcoinのカンファレンスSchelling Pointでも繰り返し取り上げられてきたテーマです。インパクト証明書については、以前にも少数の人々によって議論されてきました。この記事の最後には、より詳細な資料を掲載しています。ここでは、インパクト証明書についての私たちの現在の見解と、私たちが提案する公共財への資金提供のための新しいプリミティブである「ハイパーサート」がより一般的にどのように利用されるかの可能性について説明します。
インパクト証明書は、レトロアクティブ・パブリックグッズ・ファンディングを可能にするとよく言われます。まず、この種のレトロアクティブ・ファンディングがなぜ有用なのか、その実例を挙げてみましょう。
2022年2月から、ウクライナからの数百万人の難民がヨーロッパの多くの都市に流れ込み、市民社会の人々や組織が支援を計画し始めました。こうした組織の1つが、ベルリンのProjectTogetherでした。彼らは他のプロジェクトからリソースを移して、新たに結成されたAlliance4Ukraineにさらなる時間を割いています。注目すべきことは、すでにこの活動が生じた後に、資金提供者はそれに対して資金を提供したということです。Alliance4UkraineのためのProjectTogetherの活動は、レトロアクティブに資金提供がされました。
レトロアクティブな資金提供は、ProjectTogetherと資金提供者の双方にとって利益となるものでした。ProjectTogetherは、既存のリソースをAlliance4Ukraineに再配分できる幸運な立場にあったため、グラントの承認を待つ必要がありませんでした。しかし、非営利団体として、最終的にはキャッシュフローの出入りが均衡する必要がありました。資金提供者は、(すでに起こったことなので)仕事に対する不確実性を排除して資金配分のやり方を決めることができ、インパクトを判断しやすくなったので、恩恵を受けることができました。彼らのリソース配分はより効率的になりました。
もちろん、これは緊急事態であり、迅速に行動することが重要でした。この特定事例では、インパクト評価のプロセスは、既存の予算をレトロアクティブにバランスをとるために機能し、プロジェクトのファイナンスを完全に置き換えずに済みました。しかし、この仕組みと利点は公共財への資金提供により広く一般化することができます。
もし、あなたがポジティブなインパクトを生み出した後、その働きに対してレトロアクティブに資金を得ることが合理的に期待できるのであれば、確率的な将来のキャッシュフローを期待して、仕事をすることができるのです。これは公共財を構築する起業家の視点から見たレトロアクティブな資金提供の核となる考え方です。別の見方をすれば、そもそもあなたは将来見込まれるキャッシュフローから効果的に資金を「借りて」、ひとまず仕事に資金を提供します。将来の資金提供の期待は、インパクトのある仕事を「レトロアクティブに引き起こします」。レトロアクティブな資金提供は、1)潜在的に大きなインパクトがあるけれどもそれが不確実な公共財のプロジェクトを引き受けるインセンティブを開発者に与え、2)どの結果が事後的にインパクトがあるかというシグナルを逆伝播することによって、より効率的な市場を作り出すことができるかもしれません。
加えて、開発者は高く評価される大きなインパクトを提供することで、公正な報酬を受け取ることができます。内発的な動機を越えて、ポジティブなインパクトを生み出すインセンティブになります。[1] これは、公共財に関して最も成功した開発者は自動的にMark ZuckerburgやElon Muskのような富豪になるという意味ではなく(あるいはそうなるべきだという意味でもなく)、彼らの潜在的な経済的成長は資金提供者が、既に行われた仕事が将来に渡ってどれだけの価値を持つと評価するかによって決まるということです。このように、成果主義的な報酬の形を改善することで、より多くの人材を公共財の分野に引きつけることができます。
これを実現するための重要なポイントは、資金提供者はレトロアクティブにインパクトに対して資金を提供し、これからも同様に資金提供するであろうという信用のできるシグナルを送る必要があるということです。資金提供者がなぜこのようなことをすべきなのかという問いに触れると思いますが、その前にハイパーサートに目を向けましょう。それは、レトロアクティブな資金提供を効果的に使用するためのもう1つの必要条件は、ハイパーサートを作成した人にインパクトを与えることができるからです。
Funding the CommonsでDavid Dalrympleが紹介したハイパーサートは、インパクト・ファウンディングの仕組みのための相互運用可能なデータレイヤーです。各ハイパーサートは、(1)特定の貢献者の集合によって一定期間で行われた(または行われる予定の)働きの範囲、および(2)この働きが別の期間に与えた(または与えるであろう)インパクトの範囲によって規定されるインパクトクレームです。さらに、ハイパーサート所有者が持つ権利(たとえば、ハイパーサートを公に表示する権利)を宣言する可能性をハイパーサートは持っています。
個人または組織は自分たちの働きに対するハイパーサートを作成し、そのすべてまたは一部を資金提供者に販売したり、資金提供時に記念に授与したりすることができます。ハイパーサートはいつ、もしくはどのように販売または授与されるのかは規定されていません。ハイパーサートは、公共財の開発者が、将来的にもしくは遡及的(物事を遡って)に、記念的に何かを売るまたは授与する可能性を開くものです。ハイパーサートは、資金提供者に対して個人的に販売または授与されたり、パブリックなオークションの一部として販売または授与されたりすることができます。資金提供者は、資金提供の決定を専門家チームやクアドラティック・ボーティングによる一般投票に委ねたりすることができます。これらはほんの一例に過ぎません。ハイパーサートはこれらのメカニズムについて不可知論的であり、それ故にこれらを伴った実験を容易にします。このように、ハイパーサートは公共財への資金提供のための新しいプリミティブです。ハイパーサートは、ポジティブなインパクトをもたらすと主張する資金提供の対象を定義し、このインパクトを新しく革新的で多様な方法などによって所有し移転することを可能にします。すべてのハイパーサートが合わさって、公共財への資金提供のためのデータレイヤーを構成します。
個人や組織は自分たちの働きに対してハイパーサートを作成する権利を持っています。資金提供者はこれらのクレームが真実であると信じるかもしれませんが、スケーラブルなシステムでは、これらのクレームは外部で評価される必要があるかもしれないと我々は考えています。ハイパーサートは、インパクト評価という難しい課題を「解決」するものではありません。なぜなら、インパクト評価は常にその分野に特化したものとなるからです。しかし、インパクトクレームのデータレイヤーを持つことで、透明性が生まれ、インパクトを評価するためのその特徴における構造を提供することができます。例えば、相反するインパクトクレームを発見することが容易になります。
インパクト評価は難しいタスクであるため、資金提供者は一貫した評価スキルや方法論を特定のインパクト分野に適用することを専門とする他の組織に頼るかもしれませんができます。評価者は、金融業界における格付け機関や芸術界における鑑定士や学芸員のように、時間をかけて評価を高めていきます。複数の評価者が同じインパクトクレームを長期にわたって評価し、評価に関する意見の相違をより詳細に検討する場合に、特に効果的に働きます。
重要なことは、評価者にはあるインパクト市場においてハイパーサートの評価を差別化するインセンティブがあるということです。資金提供者は一定額の資金を配分しなければならず、その資金がどこで最大の効果を発揮するのかを知りたがっています。ポジティブな評価しかしない「善い」評価者は、資金提供者にとって有益な情報を発信することができません。思慮深く公正な評価者は、最終的に資金提供者からより信頼されるはずです。このことは、100%の資金がグラントを通じて将来的に受理される状況とは根本的に異なります。そのようなインパクトが生まれた後では、公共財の開発者も資金提供者も自分たちの努力が効果的でなかったことを聞きたくないので、このようなグラント市場では率直で公正な評価はあまり奨励されません。資金提供者がレトロアクティブに得た情報を基に意思決定を行うため、レトロアクティブ・ファンディングはこの状況を変えます。これにより、資源の配分がより効率的になり、適切なインセンティブによる学習のフィードバックループを実現します。
公共財の開発者、資金提供者、評価者の3つの主要なグループにより、公共財への資金提供のためのダイナミックな環境が生まれ、各グループ(そして個々の参加者)は、自分たちが果たす機能に対して、時間をかけてスキルを開発し向上させることができます。
それぞれのグループ自体も一様ではありません。例えば、先見性のある資金提供者は開発者(Creators)にグラントを提供し、プロジェクトが失敗するかもしれないというリスクを負いますが、インパクトの最終的な譲受人は遡及的に不確実性がほとんどないハイパーサートを受け取ることになります。同様に、評価者の中には、先見性のある資金提供者が新たな機会を見つけるためのスカウトの役割を果たす者もいれば、遡及的な監査を専門に行う者もいます。
これらのグループは、開発、資金提供、評価という機能別に分かれていますが、自己資金を使う開発者や自己評価も行う資金提供者は、複数の役割を担っています。これは現在でもよくあることで、将来的にも有効なケースもあるでしょう。また、分離することで専門化、分業化、機能の最適化が可能になる場合もあります。例えば、評価者はあるインパクト分野に特化し、新しい方法論を開発し、この仕事を複数の資金提供者に与えます。このようなダイナミックなシステムは、長期的にはより効率的になるでしょう。
このダイナミックなシステムの多くの部分はすでに存在しています。全体として機能させるためには、NFTマーケットプレイスなどのダイナミックNFTの環境上に構築することができます。NFTとして、より具体的にはERC-1155規格に従ったNFTとしてハイパーサートは実装されます。記録は標準的な機能セットに従い、検証可能なパブリックブロックチェーンに保存され、不変のものとなります。[2] これにより、透明性と追跡可能性を高め、システム全体の取引コストを削減できます。ERC-1155を中心とした既存のインフラを相互運用可能なシステムの基盤として活用し、誰もがこのシステムを利用・改善することができます。
そのような改善の1つは、OpenZeppelinのリファレンス実装と組み合わせて、ハイパーサートに特化したERC規格を導入することでしょう。この拡張機能の主な特徴は、異なる次元に沿ってハイパーサートを統合および分割する操作です。ある資金提供者がプロジェクトのある側面だけに遡及的に関心を持つ場合に分割は有効となります。例えば、あるプロジェクトがCO2排出量を削減し、地域社会の健康状態を改善しましたが、両方のインパクトが現在1つのハイパーサートに含まれています。インパクトの範囲という次元でハイパーサートを分割することで、2人の異なる資金提供者がプロジェクトの異なる要素に資金を提供していることを示すことができます。1人はCO2排出量の削減に資金を提供し、もう1人は健康状態の改善に資金を提供します。これにより、開発者はすべての公益をもたらすインパクトの変数にわたって最適化するインセンティブを得ることができます。
では、中心的な疑問である「なぜ資金提供者はレトロアクティブにインパクトを購入するのか」 に戻りましょう。インパクトを遡及的に購入することの利点は、プロジェクトとそのインパクトに関する多くの不確実性が解消されることです。そのため、遡及的な資金提供者は、より少ない労力とコストで、よりインパクトのあるプロジェクトを選び、資金を提供することができます。
遡及的にこれを行うモチベーションは、名声、事前の取り決め、そしてシステム全体の効率性への理解に基づくものです。
プロジェクトの名声:特定のプロジェクトのハイパーサートを所有することは、美術品と同様に非常に名誉なことです。SatoshiのBitcoinホワイトペーパーについてのインパクトクレームの一部を所有することや、がん治療法の開発についてのインパクトクレームを所有することを考えてみてください。
集約された変数の名声:プロジェクトそのものは名声がないが、その評価されたアウトプット・結果・インパクト [3] が集約されたら、それらのハイパーサートをたくさん保有することが名声となり得るのです。例えば、1万本の木を追加で植えたり、1万時間の高校生の指導をしたりといったインパクトクレームを考えてみてください。
事前の取り決め:今日、資金提供者はハイパーサートを購入することを約束します。例えば、ある資金提供者は今後10年間で6ヶ月ごとに500万ドルを生物多様性のためにハイパーサートに費やすことを約束するということです。これは公共財の潜在的な開発者や(特定の実施形態においては)先見性のある資金提供者に対して、信用できるシグナルを送るために行われます。彼らは信用を維持したり、法的に取り決めたり、あるいはスマートコントラクトを介して自ら約束したりしたので、将来的にこの取り決めを実行することになります。これは、賞金競争に似ているかもしれませんが、インパクトの創造を予測した取り決めの構造が非常に異なっています。
レトロアクティブ・ファンディングのシステムを理解する:もし資金提供者がレトロアクティブ・ファンディングのシステム全体の有効性を理解していたら、今日から過去の記念すべきインパクトクレームを購入したり受け取ったりし始めて、それが彼らがインパクトに資金提供する方法であると発表することができます。それが開発者に対する信用できるシグナルを作り、自分たちの真のインパクトになることを実現します。
私たちは、ハイパーサートの基盤を構築し、今後12ヶ月の間に3つ以上のインパクトエコノミーをサポートしたいと考えています。私たちと一緒にインフラを構築したり、ハイパーサートで資金を調達したり、ハイパーサートを評価したりすることで、この取り組みに貢献したい方は、ぜひ commons@protocol.ai までご連絡ください。私たちのチームは、ソフトウェア・エンジニアおよびプロダクト・マネージャーも積極的に募集しています。
インパクト証明書、遡及的な資金提供、インパクトマーケットに関する過去の著作を概観する:
Christiano, Paul (2014) Certificates of impact, Rational Altruist, https://rationalaltruist.com/2014/11/15/certificates-of-impact/
Christiano, Paul & Katja Grace (2015) The Impact Purchase, https://impactpurchase.org/why-certificates/
Optimism & Buterin, Vitalik (2021) Retroactive Public Goods Funding, https://medium.com/ethereum-optimism/retroactive-public-goods-funding-33c9b7d00f0c
Cotton-Barratt, Owen (2021), Impact Certificates and Impact Markets, Funding the Commons November 2021, https://youtu.be/ZiDV56o5M7Q
Drescher, Denis (2022) インパクト・マーケットに向けて, https://forum.effectivealtruism.org/posts/7kqL4G5badqjskYQs/toward-impact-markets-1
Ofer & Cotton-Barratt, Owen (2022) Impact markets may incentivize predictably net-negative projects, https://forum.effectivealtruism.org/posts/74rz7b8fztCsKotL6
Dalrymple, David (2022) Hypercerts: on chain primitives for impact markets, Funding the Commons June 2022, https://youtu.be/2hOhOdCbBlU
[1]このような金銭的インセンティブ設計では、内発的な動機のクラウディングアウト効果に注意する必要があります。インセンティブは足し合わされるだけではなく、具体的な文脈や条件に依存します。︎
[2]ハイパーサートにおいてプロジェクトの変更を含めるためには、プロジェクトが継続中である限りにおいてプロジェクトの記述は変更可能 となるでしょう。
[3]メンターシップが高校生に与える効果の集計など、インパクトの集計が困難な場合もあります。そのような場合、メンターシップの時間のようにアウトプットを集計することで威信を得ることができます。これは完璧ではありませんが、私たちが期待する行動にインセンティブを与えるのであれば、十分な効果があるかもしれません。